351件のひとこと日記があります。
2015/03/27 08:43
フナバシボンバーというお馬がいました。
フナバシボンバーというお馬がいました。
父トウカイテイオー、母フラワーライナーとの間に生れた牡馬でした。
中央で4戦して高知競馬に移籍しました。
3才から11才まで走りに走って237戦。
ずっと高知で頑張っていました。
そんな彼には面白い特技がありました。
気分が乗るとベーッと舌を出すのです。
それに気づいた人がいました。
そしてそんな彼に惹かれ、ずっと彼を追い続けました。
引退馬協会の会員でもあり、チームテイオーの会員でもあったその人は、引退後の彼を案じていましたが、
その前に、同厩で同じトウカイテイオー産駒のリュウノスターの引退が決まってしまいました。
幸いにもリュウノスターは、チームテイオーや引退馬協会のサポートで、群馬県の乗馬クラブへ引き取られていきました。
今は、そこで可愛がられ、乗馬馬としても競技馬としても頑張っています。
そして、ボンバーの引退も近くなった頃、ついにその人は 「フナバシボンバー、幸せのベーの会」 を立ち上げました。
それが、引退レースを3月29日に決め、4月になったらすぐに北海道に旅立つ準備が整った3月27日、突然、ボンバーは虹の橋へ旅立ってしまったのです。
神様は時として悲しい試練を与えます。
あと少し、もう目の前に穏やかな余生が待っていたのに・・・・・・。
その日、長く寝たきりだった私の母も旅立ちました。
それから1年、終の棲家になるはずだった、マイネルスティングと同じ牧場で、スティングのお隣にボンバーは眠っています。
ボンバーの姿はもうありませんが、ボンバーの余生を繋ごうと集まった方達のために作られた 「幸せのベーの会、フェイスブック」に、ボンバーは生きています。
競走馬として凄い成績や記録は残せませんでしたが、高知競馬を愛しひたむきに走った彼は、たくさんの人の心に、馬と云う生き物の可愛さ、面白さを教えてくれました。
フナバシボンバー、名も無い馬だけど、やっぱり名馬でした!
ただね、今でも不思議なのですよ。
オーナーさんの名前にも関係なく、船橋で走った事も無いのに、ボンちゃん、なんでフナバシだったんだろ??
画像はリュウノスターと一緒に走ったレース(着順は気にせずに・・・・笑)。黄色の面子がボンバーです。
そして、ボンちゃん得意の 「幸せのベー」です。
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エドリンさん
おいコアラさん、コメント有り難うございます。
ボンバーも頑張りましたが、調教師さんやスタッフさん達のケアがなかったら、故障もなく走る事はできなかったでしょう。
ボンバーは周りの人達に愛されたお馬でした。
だから、高知から離れたくなかったのかな?と、今は思います。
これも一つの幸せの形かも知れません。 -
おいコアラさん
並の馬じゃ休み無しでここまでレースはこなせないですね、フナバシボンバーは頑張り屋さん♪お疲れ様でしたゆっくり休んでください^^
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おいコアラさんがいいね!と言っています。
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エドリンさん
コータローさん、いいね!有り難うございます。
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コータローさんがいいね!と言っています。
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エドリンさん
馬の気持ちさん、いいね!とコメントありがとうございます。
競馬は中央だけではない。
地方にも素敵なお馬がたくさんいるんだという事、もっと知って貰いたいですね。 -
馬の気持ちさん
知れば知るほど地方競馬が好きになる。
馬との距離が近いから?
胸がジンと熱くなりました。
ありがとうございます。 -
馬の気持ちさんがいいね!と言っています。
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エドリンさん
らすかるさん、いいね!とコメント有り難うございます。
本当に、生ベーがもうすぐ見られると思っていたのにね。
突然過ぎるよね。
さて、レーザー君、日曜日何とか頑張って欲しいですね。 -
エドリンさん
ルージュの夢さん、いいね!とコメント有り難うございます。
あの日、実家に戻るバスの中で、ボンちゃんの訃報を聞きました。
そしてその日、母も逝きました。
忘れようにも忘れられないです。