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2016/02/16 11:29
今季限りで斎藤佑のレプリカユニを脱ぎます。
「打たれ慣れている投球になっている」
「あとちょっとの感覚を掴みきれていない。それは今年に限ったことではないですが」
頭にきた。
何、このコメント。
北海道日本ハムに入団し、今季で6年目となる斎藤佑樹のコメントである。
アリゾナキャンプ2度目の実戦登板となったこの日、初回にレアードの3点本塁打を含む5安打を浴びて4失点。前回登板に引き続き、結果を残すことができなかった。同じ先発ローテを争う3年目の高梨がねじ伏せた大谷翔平にも適時打を浴び、力の差を露呈した。
そして、発したコメントがこれである。
彼が不振に陥って故障をしたのを境に多くの人間が掌を返した。しかしその中でも、彼を信じて応援し続けた人間は少なくとも、確かに存在する。
その人たちに、斎藤佑樹は何を見せたかったのか?
ウザったいドキュメンタリーや週刊誌の取材から何を学んだのか?
プロ野球はある意味見世物であり、結果が全て。そこに言い訳が入り込む隙間は1ミリ足りとも存在し得ない。しかしながら、「何勝した」「何個三振をとった」という結果以上に私が見たいのは、そういう逃げ場のない厳しい世界に身を置いて、技術的な課題に、相手選手に、自分自身に挑み続けるプロフェッショナルな姿だ。
これまでの斎藤佑樹は、その日の収穫と課題を述べるにとどめていた。しかし今回のコメントを見る限り、自らの技術的な課題とその大変さを報道陣に訴えかけているように聞こえてならないし、「今年に限ったことではない」「打たれ慣れている」など、進歩や成長が無いと自ら表現しているようなものではないか。
武田勝の技術的な課題について、知っているファンはどれほどいるだろうか。有原の技術的な課題について知っているファンはどれほどいるだろうか。
そこに比して、斎藤佑樹は自らのコンディション、課題、感情を発信しすぎてはいないか。これはプロフェッショナルな姿とは程遠い。
斎藤佑樹のファンでいることは大変だ。
明らかに将来性も実力も上の他選手との競争を、応援しなければならないのだから。
二軍で結果を残せないにもかかわらず監督が私情込みで昇格させたところを応援しなければならないのだから。そういう、フェアじゃない状況下で1軍にくる斎藤佑樹を応援しなければならないのだから。
それでも、彼に魅力を感じ、惚れたからこそ私は応援してきた。
今回のコメントは、目の前で、自分の話にマイクを向けている報道陣のその遠く向こう側で、それを読み聞きするファンのことを考えて発言しているのだろうか。自分を研究して立ち向かってくる相手がいることを考えて発言しているのだろうか。下降する成績に目を瞑り、契約してくれたフロントの思いを考えて発言しているのだろうか。
私が見たかったのは、こんな斎藤佑樹ではない。