95件のひとこと日記があります。
2015/08/13 17:15
浅草の詐欺師 後編
渡辺の手帳に自分の名前を書き込むと、渡辺はさっさと手帳を自分のカバンにしまってしまった。
「さっきも言ったけど、今日オジサンが当てられるレースは10倍ちょっとの倍率だよ。
ユタカオーちゃん、留学にはいくら必要なの?」
僕が用意するお金としては20万円足りない事と、親が出してくれる分も含めて1年の留学には100万円以上かかる事を説明した。
「ユタカオーちゃん、親には苦労かけちゃだめだよ。もしここでオジサンに任せてもらえるなら、留学にかかるお金を全部用意できることになるよ、もし全部用意できたら、親に苦労をかける事もないでしょ」
渡辺は具体的な金額は言わないが、10倍の馬券を100万以上にするには10万は必要という事になる。
10倍の馬連という事は結構本命サイドでの決着を意味している。もし、関係者しか知りえない情報があるとするならば、この位の倍率の決着を当てるのは難しい事ではないのではと思い始める。
考え込んでいる僕に渡辺は続ける。
「ユタカオーちゃん、20万必要なら2万で大丈夫。だけど、オジサンは若いころ親に結構苦労をかけたんだ、それは今でも後悔している。ユタカオーちゃんにはそんな思いをさせたくないし、夢をかなえてもらいたい」
そう言って渡辺は時計を見る。
「レースまで時間がないんですか?」僕は渡辺に問いかける。
「まだ少し時間はあるよ」と渡辺。しかし、どのレースで勝負するのかは言わない。
「分かりました。ひとまず銀行でお金を降ろします」
「いくらかはユタカオーちゃんが決めなよ、いくらでもオジサンは協力するからね」
選択の余地を残すのが悩ましかった。信じてもいいのか?僕は自問自答しながら銀行に向かう。
渡辺はその少し後ろをついてくる。あれだけ饒舌だった渡辺が一言も喋りかけてこない。それが更に僕を悩ませた。
ATMに着くと渡辺は外で待っているからといって入っては来なかった。僕はATMを前にして考える。
これは神様がくれたチャンスなのかもしれない。そう考え始めていた。
人は自分の身に不幸が起きてみないと、不幸というものを考えもしない。そう、自分だけは特別で、幸福に選ばれるのは自分だという思いが心のどこかである。
これだけ不確定要素の満ちた世界に生きているのに不思議なものだ。
「信じてみよう」僕はつぶやきATMに10万円と入力した。
銀行を出て再び浅草寺の境内に戻る間も渡辺は一言も話しかけてはこなかった。
境内に着くやいなや渡辺が話しかけてきた。
「ユタカオーちゃん、そろそろ馬券を買いにいかないと時間がないなぁ。オジサンに夢を託すか決めた?」
僕は頷き、財布から10万円を取り出した。
「信じてくれたんだね。よし、オジサンもユタカオーちゃんの夢がかなうようにがんばるよ。
それじゃ、オジサンはこれからある場所に行って買い目の最終確認をするね。その場所は秘密なんだ。
ユタカオーちゃんはここで待ってて、オジサンが馬券を持ってくるから、さぁ、時間がない」
ここで初めて渡辺が僕をせかす。
僕は考える間もなく10万円を渡辺に渡した。
渡辺は10万を受け取り、バックにしまう、と同時にバッグから一枚の馬券を取り出して僕に渡した。
「これは当たり馬券、もしも万が一オジサンの馬券が外れるような事があったら、これを換金して」
手渡された馬券は2〜3週間前の平場のレースで10万円の馬券だった。
馬券を僕に渡すと渡辺は足早に去っていった。「ここでまっててね」と言い残して。
浅草寺から見える青空を見ながら「人を信じてみよう」と呟いた。
それから1時間以上待ったが、渡辺は二度と僕の前に現れることはなかった。
僕は足取りも重く、ウィンズに向かう。さっき渡辺から手渡された馬券を払戻し機に入れる。
「この馬券は的中しておりません」機械の声が空しく響いた。
騙されたとようやく悟った。
僕は本を買った屋台に向かい、屋台のオヤジに渡辺を知っているかと尋ねたが、オヤジはそんなヤツしらねぇよと言い放った。
グルだ。僕は確信した。最初から狙われていたのだ。
悔しくて涙が出た。
それから僕は働きまくった。結果40万には少し届かなかったが、何とか親から留学の許可をもらい無事に留学はできた。
浅草の詐欺師。
彼らはその後も人を騙していったに違いない、その末路はわからない、しかし人を騙したお金の上になり立つ生活に、人生に僕は意味を見いだせない。
騙す人間より騙される人間でありたい、悔し涙をながしながらそう心に誓ったのを覚えている。
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じゅんざんさん、しかもはずれ馬券は重賞じゃなくて平場戦ってところがミソです。
重賞じゃ結果を覚えている場合がありますからね。普通の人は平場の結果を覚えてないです。 -
じゅんざんさん
今見ました。
結末は・・予想通りでした(笑)って笑い事じゃないですが。
はずれ馬券を当たり馬券として渡すなんて・・詐欺師って怖いですね。 -
ねりまさん
メッチャ…リアル(*_*;
浅草の詐欺師…今後も連載してください(笑) -
ねりまさんがいいね!と言っています。
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アメショーさん
そうですよ。仮に掴めたとしてもアームが天井に戻った衝撃で掴んだ物が落ちちゃうんですよ。あれは許せません。
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あの花さんいいね!ありがとうございます。
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アメショーさん、もう最初からちゃんづけでしたよ。
今思えば怪しさ120%でした(笑)
UFOキャッチャーってたしかに騙された気になりますねぇ。
やってみたら、アームの力が凄く弱かったりして「とれねぇよ!」って叫んじゃいますもん。あれも取れそうな気にさせてお金を使わせる一種の詐欺的商法ですね。 -
あの花さんがいいね!と言っています。
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アメショーさん
もうね、喋りからして胡散臭いー;
私の経験上初対面から「ちゃん」づけは怪しいですよっ
私はUFOキャッチャーも騙された気になります(-_-;) -
もうだめぽさん
クジは当たりクジと外れクジが別々に管理されてますからね。
確率の問題ではないです。
当たりは自分の肉親や知り合いに流れていきます。