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2016/08/16 02:47

武邦彦氏の思い出ー偉大なる凡戦

突然の訃報から3日経っても信じられない、いや信じたくない自分がいる。
私にとって「武邦彦騎手」はアチーブスターに桜花賞とビクトリアカップを勝たせてくれた恩人であり、同時に福永洋一元騎手とともにビギナーの私に競馬の見方を教えてくれた先生であった。

武邦彦騎手の最も印象に残ったレースを選べと言われれば、私は数ある「武邦名勝負物語」の仲間に入れてもらうことがほとんどない、キタノカチドキで制した74年の菊花賞を迷わずあげる。

皐月賞に続く二冠制覇を目指すキタノカチドキは秋を迎えて神戸新聞杯、京都新聞杯を余裕をもって連勝。それに加えダービーで先着を許した2頭に、セントライト記念を勝ったスルガスンプジョウ、京都新聞杯でクビ差まで肉薄した僚馬二ホンピロセダンまで出走を見合わせてめぼしい相手もいなくなり、ここで菊戦線は完全に「1強」となった。
と同時に「ここまで相手が弱くなったんだから負けちゃいかんでしょ」と勝利が既成事実化され、しらけたような妙な雰囲気がファンを包み込んでしまった。キタノカチドキを応援する者が感じたあの居心地の悪さは今も忘れられない。ダービーで露呈した気性難と血統的不安(テスコボーイ×ライジングフレーム)が解消されたわけではないのに、勝って当然、万一負ければコテンパン。この当時の武邦彦騎手の心中は察するに余りある。

そして異様なムードのまま迎えた本番。キタノカチドキは中団の内で折り合い、直線残り200でバンブトンオールを捕らえ1馬身1/4の差をつけゴール。二冠を達成した。関テレの杉本アナは「カチドキ時代の幕開け!」と宣言し、KBSの小崎アナは「武邦、予定通りの勝利!」とクールに伝えた。勝ち時計は良馬場で3分11秒9。単勝120円はディープインパクトが更新するまで菊花賞の最低配当記録だった。
これだけ見れば「順当な勝利。というか凡戦」である。だが…。
ラップを見ると残り800から一気にペースアップして12秒2-11秒2を刻んだかと思うと、その後ゴールへ向かって12秒2-13秒9と急速に落として最後はみんな歩いている。映像では難なく先頭に立ったように見えるが、全馬バテバテの中最後の力を振り絞って前を捕らえたのである。キタノカチドキが勝った第35回菊花賞は世に言われる「スローペースに恵まれ、血統的不安をごまかせたレース」ではなく、全馬ガス欠状態の最後の最後に極限のスタミナを要求された消耗戦だったのである。
そんなレースで、距離不安を抱えるキタノカチドキにガソリンの最後の一しずくを残しておき、実際は薄氷を踏む思いであっても「予定通りの勝利」に見せてしまう。まさに魔術師。武邦彦騎手が理不尽とも言える人気の重圧の中その真骨頂を見せた「偉大なる凡戦」を、私は記憶にとどめ続けるだろう。
「負けたら返上するつもりで騎手免許を懐に忍ばせて騎乗した」という逸話は後年本人によって否定されたが、それだけの覚悟をもって騎乗したのは間違いない。当時は大レースにそれだけの重みがあった。
そういう時代を体験したホースマンがまたひとりいなくなってしまった。まだまだ、今の競馬界に提言をしていただきたかった。今は、たださびしい。

武邦彦氏のご冥福を心よりお祈りする。

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    2017/01/18 16:34 ブロック

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    2016/10/06 10:34 ブロック