スナック・パドック　天皇賞・春　レース後

「熱いなぁ、熱いよ。実に熱い」マスターがアイスピックで氷を割りながらそう言うと
「シャケトラが９着なんだから、関係ないでしょ」ケンちゃんは声に張りが無い。
「実はさぁ、シュヴァルも買っといたんだよ」マスターは亀のように首をすくめる。
「あれっ？あんだけ声張って宣言しておいて．．．そんなコトするかなぁ、普通」ケンちゃんは納得がいかない。
「いやいや、いざとなると手が伸びるのよ、この手が」マスターが腕を叩いてそう言い訳をする。
「まぁ、外したようだから勘弁するけど、当たってたら許せなかったな」ケンちゃんはそう言ってグラスのビールを飲み干した。
「やっぱりブラックは強かったな」オレはさっきのレースを思い出している。
「経験が生きた訳だよな」マスターはブラックを褒める。続けて、
「ああ成ることは分かってたんだよ」と言って胸を張った。
「直線で外から上がって行ったときは行ける！と思ったけどなぁ」ケンちゃんはダイヤを応援していた。
「有馬とは明らかに違ったよな」最後の伸びを欠いたダイヤはシュヴァルにも負けてしまった。
「情けないよ。あんなヤツとは思わなかったぜ」ケンちゃんは少し怒っている。
「天皇賞で有馬と同じ勝ち方をしようなんて１０年早いんだよ」マスターはそう言ってエビスの瓶の栓を抜いた。
「可哀そうだからこれオレの驕りだ」マスターがケンちゃんを励ましている。
「嬉しくないけど、ありがとう」ケンちゃんは複雑な表情だ。

「あらっ、ダイヤモンドがブラックに負けたの？」桃ちゃんが素っ頓狂な声を出した。
「世も末ね」桃ちゃんはマルボロのメンソールの煙を燻らせた。
「牝馬が一頭いたでしょ。目一杯応援したわ」桃ちゃんは指が長いのでタバコの吸い方が綺麗だ。
「プロレタリアトだな」マスターは競馬新聞を何度も見たので覚えていた。
「最後のコーナーでどん尻にいたから、あぁやっぱりダメか、と思ったらオカマを一頭抜いたのね」
「オカマってセン馬のコト？」ケンちゃんはビックリしている。
「そうラブ何とかっていう名前だったわ、確か」桃ちゃんはうろ覚えだ。
「ラブラドライトだな」ケンちゃんはスマホを広げて調べた。
「パワーストーンの名前らしいぞ」マスターもスマホで調べている。
「所詮、ダイヤもその石も、唯の石ッコロなのよね」そう言って桃ちゃんはタバコの煙を細長く吐き出した。

ダイヤモンドの末脚は淀のターフでは炸裂しなかった。
終わってみれば、ブラックの強さだけが目立ったレースとなった。
去年の天皇賞・春よりも大阪杯よりもブラックは確実に強くなっていた。
この二頭の争いはこれからも続くのだろうか。
宝塚記念→天皇賞・秋→ジャパンＣ→有馬記念と一緒にレースを走るのだろうか。

「アルバートは不発だったね」ケンちゃんが話を振って来た。
「あぁダメだったな」きょうのバーボンの味はいつもより苦い。
「あの走り方じゃぁ何百回走ったって敵わないな」マスターの評価は手厳しい。
「ああいう走り方しか出来ないってコトなんじゃない？」ケンちゃんも手厳しい。
「所詮、草野球でしかホームランが打てないってコトだよ」とマスター、
「いいピッチャーが投げれば打てないってコトなんだね」とケンちゃん、二人して言いたい放題だ。
「そう言えばあれから留さん、来ないな」マスターが思い出したようにそう言うと
「あれから筒香、ホームラン打ってないからね」ケンちゃんが情報を入れる。
「アイツは筒香がホームラン打たなきゃウチに来れないのかね」マスターは怪訝な顔だ。
「筒香がコンスタントに打つようになったら前のように来るんじゃない？」ケンちゃんの予想だ。
「筒香にガンガン打ってもらわないと売り上げが上がんないなぁ」マスターは困っている。

長距離砲、不発！
今年はヤクルトの山田も不調で大きいのが出ない。
あの筒香も山田も不発の時期に天皇賞が行われたのがアルバートにとっては不幸だったのか．．．。
アルバートにしてみれば去年は６着で今年は５着と着順を上げている。
一歩一歩、前進しております！
しかし、それでは応援のし甲斐がない。
アルバートがブラックを負かせる日が来るのだろうか？

「それは無理、無理！」と当のアルバートが言い出しそうだ。
勝手に期待して力んでテレビの前に正座していたオレがバカだった．．．ということのようである。