スナック・パドック「ＮＨＫマイル」その２

「ＮＨＫマイルにイスラボニータが出るぞ」店の戸を開けるなりオレがそう言うと
「寝ぼけたコト言わないでよ」ケンちゃんが呆れた声を出す。
「ＮＨＫマイルは３歳馬限定のレースだぞ。あいつはもう６歳馬だぞ」
マスターもそう言って怪訝そうな顔でオレを見る。
「あいつと同じ走りをする馬が出るってコトさ」
オレはカウンターのいつもの席に座る。
「ボニータはチーターのような走りだって言ってたよね」ケンちゃんは記憶がいい。
「ボニータは皐月賞馬だぞ。１年半ぶりにこの間の読売マイラーズＣを勝った馬だぞ」
マスターも気に入って注目している馬の一頭だ。
「読売マイラーズＣは勝負所で伸びたね。まさにチーターのように伸びたよ」
ケンちゃんも応援していた。
「今度のはピューマだな」オレは右腕を伸ばしてその形を見せる。
「何ていう馬なんだ？」マスターは興味津々である。
「牡？牝？」ケンちゃんも興味が湧いている。
「リエノテソーロっていうんだ。牝だ。」オレは惜しげもなく発表した。
「ピューマの実績も凄いんだ。地方での２戦も含めてだけどデビューから４連勝して
るんだ。５戦目は１か月前のアネモネＳ(中山・芝1600ｍ)だった」とオレが紹介した。
「結果は４着」ケンちゃんはスマホで素早く検索した。
「もちろん言い訳があるんだろ」マスターは図星でついてくる。
「今年初めてのレースだったコト。芝で走るのは久々だったコト。だな」
オレが陣営に成り代わってそう説明すると
「左回りはどうなんだい？」マスターが聞いて来た。
「４連勝目の川崎競馬場が左回りでさ、３馬身差の楽勝だった」

調教を見ると最後のコーナーで前を行くいっしょに回った馬の内に入れようとしたが
少し膨れ気味に回ったので僚馬と接触しそうになった。
内に入れて進路が決まってからは左手前でスムーズに走ることが出来た。
僚馬と並んで気合を入れるとすぐに反応してあのピューマが獲物を捕らえに行くよう
な重心低くしたフォームになって真っすぐに脚を伸ばした。好調である。

全身の筋肉を躍動させ、全身をゴムのように伸縮させて前に前に進む。
全身の筋肉を躍動させ、四本の脚を目一杯伸縮させて前に前に進む。
全身の筋肉を躍動させ、四本の脚を目一杯回転させて前に前に進む。

見事なまでに回転の早いピッチ走法である。
勝負所でスムーズにそのピッチ走法に移れたら誰にも負けないだろう。

「そんな穴馬が牝馬にいたのね」桃ちゃんの生をやっつけるピッチはいつも通りに早い。
もう５杯目だという。
「応援するわよ。リエちゃんでしょ」名前の頭部分は覚えたようだ。
「ここではピューマって呼ぶんだぞ」ケンちゃんはその渾名がすっかりお気に入りだ。
「馬がピューマじゃ可笑しいでしょ」桃ちゃんはケラケラと笑った。
「いいんだよ、ピューマなんだから」ケンちゃんは譲らない。
「やっぱ牝馬は穴馬がお似合いね」桃ちゃんはもう一度ケラケラと笑った。

前走でゴール前に脚が止まって４着に沈んだのは幸いだった。
そのお陰でオッズが上がっている。予想単勝オッズは７０倍ある。
前に出た３頭のうち、２頭は桜花賞(６着・８着)へ行き、
１頭はニュージーランドＴ(４着)へ行った。

ここを目標に上手に調整してしっかりと仕上がった。動きは良い。
ここで仕留めておかないと一生後悔するのでは．．．。