スナック・パドック「安田記念」レース後

「熱ちっちだな、レッドファルクスには」マスターは単勝馬券を握っていた。
「もう少し早く仕掛けられなかったかなぁ」ケンちゃんも悔しがっている。
「一時、八方ふさがりになったからな」オレもあの場面はクギ付けになった。
「デムーロの頭には短距離馬っていう感覚があるんだろうな」
マスターは、最終コーナーを内側で回ったこと、追い出すタイミングを遅ら
せたことなどはデムーロの作戦だったと主張する。
「いやいや、あれは出なかったんじゃなくて出れなかったが本音だよ」
オレはデムーロが外へ出そうとしたが壁があって出せなかったように見えた。
「あそこを上手に捌いてもっと早く抜出せれば勝ちまであったでしょ」
ケンちゃんの悔しさは半端ではない
「確かにあのカニ歩き分が無駄だったな」マスターは苦虫を噛んでいる。
「最終コーナーをもう二頭分、外を回ってれば抜け出せたな」
オレはそう見ている。きょうのジャックダニエルはいつもより苦い。

「土曜日の鳴尾記念はおかしいでしょ」ケンちゃんが不満タラタラだ。
「武豊が逃げ切ったレースだろ」マスターは買わなかったようだ。
「２着にスマートレイアー、３着にマイネルフロストが来て、芦毛−芦毛で
俺、ワイドとったんっすよ」ケンちゃんに笑顔は無い。
「そうか、それはおめでとう」オレはハイタッチ用の右手を出した。
ケンちゃんは人差し指をポンと置いただけで盛り上がらない。
「配当が500円っすよ。１番人気と７番人気の組み合わせで500円っすよ」
ケンちゃんは泣きそうな顔だ。
「そりゃぁレイアーは１番人気で売れていたのは分かるけど、フロストは
７番人気っすよ。そりゃぁないでしょ」
「全国の芦毛馬ファンがガンガン買ったんだろうよ」マスターの分析だ。
「いるんだなぁ、芦毛馬ファンが。彼らの応援は暖かいんだなぁ」
オレは少し感動している。しかし、ケンちゃんの腹の虫は収まらない。
「絶対おかしいよ。ＪＲＡの計算ミスじゃないの」グラスのビールを煽る。
「ワイドなんだし．．．。まっ、しょうがねぇだろ」マスターは慰める。
「久しぶりにとったと思ったらこんな様だよ」ケンちゃんの目は潤んでる。

「その点、安田記念のファルクスの複勝は美味しいよな」オレがそう言うと
「そうなんすよね、３番人気で340円も付いたからね」
ケンちゃんはこちらもワイドで堅い勝負をしたのでとれてない。
「複勝は幅があるからな。４・６・７番人気で入線すればそうなるな」
マスターがそう説明すると
「ファルクスは３番人気でしょ」ケンちゃんが抗議に出た。
「いやいや、複勝は４番人気だったんだな」オレは調べていた。
「複勝で良かったんだよな」ケンちゃんは声のトーンを低くして反省している。
「そうだよ。何の馬券でもとれば配当が付いて来るからな」
ベテラン馬券師・マスターは胸を張る。

「しかし、複勝馬券やワイド馬券のショボい話は止めようよ」
ケンちゃんは自分がワイド馬券の悔しさを打ち明けたばかりなのにそんなこと
を言っている。
「Ｗｉｎ５とか３連単とか高配当の馬券の話をしようよ」
ケンちゃんの目がキラリと光った。
「お前、買い方知ってんの？」マスターは買い方を知らない。
「そんなの簡単っすよ」ケンちゃんの馬券購入講座が始まった。

誰もが高配当馬券を当てたがっている。

「そんなもの必要ないだろ」マスターはケンちゃんの講義を聞いても理解でき
ないし、右の耳から左の耳を通過するだけだ。

「やっぱり俺は単勝か馬連の一点勝負馬券しか買わねぇ」
それがマスターの結論なのである。「それが男の生きる道」と胸を張るのだが...。