スナック・パドック「ユニコーンＳ」レース前・その３

「残念だけど今回のリエノテソーロは捨てだな」
オレはジャックダニエルをチビリとやりながらそう言うと
「おいおい、何があったんだい。内容によっちゃ許さないよ」マスターは少し凄む。
「頭から外すってんじゃんなくて、要らないってコト？」
ケンちゃんも身を乗り出して確認して来た。
「今回はピューマじゃなくて子豚だな」オレは調教ＶＴＲを見て驚いた。
「太っちゃったのかい？」マスターは察しが良い。
「あれじゃぁパドックでテンション上がりまくって終わりじゃないか」
オレはパドックで入れ込んでいるリエちゃんを知っている。パワーが付いた分、
入れ込みも激しくなると思われる。気負って気負ってレース前にジエンド。
とならなければ良いのだが．．．。

「いやいや、これは筋肉が付いたんっすよ」
ケンちゃんはスマホで調教ビデオを見ている。
「どれどれ、見せてみろ」マスターはカウンター越しに画面を覗いた。
「バランスは悪くないんじゃないの？」良い方に解釈している。
「ＮＨＫマイルＣの時はスパートしたら重心を下げて沈み込むようなフォームで
スピードに乗ってたんだけど、今回は腹の贅肉が邪魔して沈み込めないでいる」
オレは前走との比較を説明した。
「確かに前より丸っこく見えるよね」ケンちゃんも段々疑って来た。
「おいおい、軸馬をそんな簡単に捨てるなよ」マスターは少々焦っている。
「面白いじゃないっすか。頭が消えたら．．．付くよぉ」
ケンちゃんはもう大穴馬券を当てた気分だ。
「手広く行きますかね」ニヤニヤしている。「困ったなぁ」マスターは腕を組む。

「ブルベアパブーンで行こうよ」ケンちゃんは昨日のオレの推薦が効いている。
「他には調子の良い馬いないっすか？」珍しくオレにスリ寄って来た。
「ラユロットもいいし、サヴィもいいぞ」オレはとりあえず２頭の名前を上げた。
「ラユロットにはルメールが乗らないんすかね？」
ケンちゃんはいいトコを見ている。ルメールは東京にいるのだからすぐに決まって
もいいはずなのに、なぜ？大人の事情は不可解なことが実に多い。

アディラートが行って、サンライズ２頭も前、リエノテソーロがその次辺りを
走りそうだ。後ろから行くのはサヴィとラユロットとブルベアパブーンだ。
アディラートを突く馬がいるかいないか。ペースが気になるところ。しかし、
府中の直線は長い。直線に向いたときにどこにいるのか。勝負の分かれ道だ。

リエノテソーロが飛んだら大騒ぎだ。でも今回の事情を見ればあながち希望だけで
は留まらず現実になる可能性は高い。府中の杜に大歓声が轟く！

「さぁ大変だ。あれもこれも皆が来ちゃいそうだな」ケンちゃんは悲鳴を上げた。
「いっそリエちゃんを外して全部の単勝を買ってみるかな」
マスターもいつになく大穴馬券になりそうな雰囲気に乗って来た。

さぁスナック・パドックは今から大穴馬券の前祝いと称して生ビール半額セール
を決めた。とはいえ、きょうのメンバーは生ビールは飲まないのだから盛り上が
らない。「桃ちゃんには内緒な」マスターは口に人差し指を立てて口外を禁じた。
「ケチ！」ケンちゃんは舌打ちをして呆れ顔。
桃ちゃんの嗅覚を甘く見てると痛い目に会うのではないかと心配なのだが．．．