スナック・パドック　「新馬戦」

「もう２歳馬が走り出したよね」ケンちゃんはウキウキしている。
「ダービーが終われば競馬の世界は年度変わりみたいなもんだな」
マスターはベテラン馬券師だけに新馬戦には手を出さない。
「いい馬、見つけたぞ」オレは若駒たちに熱い視線を送っている。

関西の新馬戦(18日・阪神・芝・1600ｍ)に出走予定の
ミーティアトレイル(牡２・池添学厩舎・芦毛)という馬である。
エルコンドルパサー×ファビラスラインの肌にネオユニヴァースという血統だ。
調教ＶＴＲを見たのだが、メジロマックイーンが走っているのかと思った。
スッキリとした馬体で動きはキビキビして軽快だ。脚の回転が大きいのが良い。
最後のコーナーを回ってくるとスムーズに手前を代えて直線に向いた。
二頭併せだったがコーナーワークで僚馬を置き去りにしてスイスイと風を切って
直線を走る。あくまでも馬ナリで鞍上は手綱を持ったまま。ゴール板近くに来て
鞍上の手が少し動くとすぐに反応して馬体が少し沈んでスピードが上がった。
大きな馬では無いがストライドが大きいのでダイナミックなフォームに映る。
好調だ。52.1(４Ｆ)-12.1と時計も申し分ない。

「芦毛ってのがいいっすね」ケンちゃんは大喜びだ。
「マックィーン似ってのがいいな」マスターも笑顔を隠せない。
「マックィーンは強かったからな。でも遅咲きの馬だったな」
オレは頭の中の想い出箱をゆっくりと開けている。

マックィーンは３歳新馬戦(２月・ダ1700ｍ)でデビューして表舞台には出ずに、自己条件戦
をコツコツと戦って実績を積み上げて菊花賞に間に合わせた馬だった。その年のダービーは
アイネスフウジンが勝って府中の杜が大歓声で盛り上がった。そのフウジンは脚部不安で
出走を取り止め、一番人気になったのは同じメジロのライアン(ダービー２着)だった。
マックィーンは４番人気。前走で古馬と混じって走った嵐山Ｓ(京都・芝・3000ｍ)で２着に
好走していたのが評価されていた。長丁場のレースだが前目前目の先行策で最終コーナーで
２番手に上がり直線早めに先頭に立って押し切った。２着のホワイトストーンには１3/4馬身
の差を付けていた。その後のマックィーンは強かった。大舞台で常に１番人気を背負って
しっかりと結果を残した。特に天皇賞・春(京都・芝・3200ｍ)は２連覇して、３連覇を狙った
６歳時には２着と惜敗している。忘れらないのは４歳時の天皇賞・秋(東京・芝・2000ｍ)だ。
多くのファンの予想通り楽勝でゴール板を駆け抜けて「さすがマックィーン！」と大歓声で
大盛り上がりをしている最中に「マックィーン、失格」のアナウンスが場内に鳴り響いた。
この審議時間が長かったことを今でも覚えている。大外枠にいたマックィーンは良いポジショ
ンを求めてスタートしてすぐに内に切れ込んで行った。その時少し無理な角度で切れ込んだも
のだから前に行こうと先行していた馬たちが次々とその煽りを受けていた。ええっ！であった
。豊くんも無理するなぁ。マックィーンならそこまで無理しなくても勝てたでしょ。驚きだっ
た。繰り上がりで優勝したのは同じ芦毛馬のプレクラスニーだった。

「あの天皇賞・秋は忘れられないな」オレはジャックダニエルをチビリとやった。
「俺は思い出したくもないよ」マスターはもちろんマックィーンが◎だった。
「マックィーンとプレクラスニーの馬券も持ってたけど、プレクラスニーとカリブソングの
馬券も持ってたんだよ、オレ」もう26年も前の話になる。
「いくら付いたんっすか？」ケンちゃんは興味津々だ。
「３番人気−４番人気の組み合わせで4,700円付いたんだ」ケンちゃんはオレの腕にすがって
「いくら買ってたんすか？」ケンちゃんの目がキラリと光った。
「５千円持ってた」ケンちゃんの目は爆発してまん丸くなった。
「やるねぇ」マスターは腕組みをして感心している。
「その金でパーッとやりますか」ケンちゃんは両手を広げる。
「電気屋行って冷蔵庫買っちゃったよ」その冷蔵庫ももう壊れてこの世に存在しない。
「いいなぁ、俺もそれくらいの穴馬券を当てたいもんっすよ」
ケンちゃんはそう言ってグラスのビールを飲み干した。

ミーティアトレイルはマックィーンと違って２歳でのデビューが可能となった。
素質は高そうなので大きく羽ばたいて一流馬として活躍してもらいたいものである。
「芦毛の根性を見せてもらいたいっす」とケンちゃんが言うようにライバル馬たちを尻目に
強いレースをして勝ち上がってもらいたいものである。応援しよう！