スナック・パドック　「府中牝馬Ｓ」　レース後

「巧く逃げたもんだよな」マスターは感心しきりである。
「1000ｍ通過が61.9秒で上がり33.7秒とは恐れ入ったよ」オレも岩田騎手の測ったような逃げに脱帽である。
「正に逃げるが勝ちっすよね」ケンちゃんも鮮やかな逃げ切りに拍手を送った。
「勝った馬がいなけれりゃ人気通りだったんだろ」マスターはリードを嫌ったので見(ケン)していた。
「買わなくて正解っすよ。リードを殺さなくて済んだんだから」実はケンちゃんも見していた。
「リードはあんな狭い内を進まないで何で大外に回さないのか不思議だよ」オレは少し怒っている。
「最後は伸びてるけど上がり33.7秒で逃げられたんじゃ届かないよな」マスターは冷静に分析する。

「大魔神にお姫様抱っこして欲しかったよぉ〜！」桃ちゃんは壁に向かって不満をぶつけた。
「府中競馬場に来てたんだろうな、大魔神」マスターはセリーグのＣＳ初戦との兼ね合いを心配している。
「現役じゃないんだから、野球より競馬だろ」オレはＴＢＳラジオが野球中継を止めたのを聞いていた。
「単勝にどれくらいぶち込んだんすかね」ケンちゃんは札束を数える仕草をする。
「きょうはダメだったけど、優勝賞金が入って、さらに馬券当たったら．．．。反則だろ」マスターは怒る。
「２着なんだから結構な賞金が入るんじゃないのか」オレは馬主感覚ゼロであるからそこは無頓着である。
「本賞金は2,200万円って書いてあるっすよ」ケンちゃんはスポーツ誌の馬柱の端に書かれているのを見た。
「８割が馬主に入るから1,760万円だな」オレは近くにあった電卓で計算した。
「あとは誰がもらうんすか」ケンちゃんは興味津々だ。目の色が変わっている。
「調教師が１割で、騎手が0.5割で、厩務員が0.5割という配分だな」オレは何でそんなコトを知っているんだ？
「えっ！厩務員は110万円も貰えるんすか」ケンちゃんはビックリ仰天だ。目の玉が飛び出しそうだ。
「俺、厩務員になる！」ケンちゃんの目の玉には￥マークが浮かび出ている。
「あんた、馬の糞、触れるの？」桃ちゃんはケンちゃんの考えの甘さを見抜いている。
「平気っすよ。糞だろうが小便だろうが、ガンガン触っちゃいますよ」ケンちゃんは積極的だ。
「じゃぁまずはわたしんチのトイレ掃除しな」桃ちゃんはいいコトを思いついた。
「えっ！何で？どうして？」ケンちゃんは慌て始めた。腑に落ちない顔つきだ。
「だって汚いの平気なんでしょ。掃除しなさいよ、ウチのトイレ」桃ちゃんはやる気を試してやると言う。
「俺は馬の世話をするんですよ。桃さんの世話は嫌っすよ」ケンちゃんは正直者だ。
「あっそう、勝手にしな」桃ちゃんは生ビールのジョッキを一気に煽った。

「見てみろよ、１着から８着まで、全部関西馬だぜ」マスターはスマホのレーシング情報を指で差す。
「ありゃりぁ、本当だ。悲しいっすね、関東馬は」ケンちゃんは関東の人間なので悔しい思いだ。
「坂路コースの違いにあるんじゃないかって言うんだよな」オレはそんな情報を耳にしている。
「どういうコトっすか？」ケンちゃんは興味を持ったようだ。
「最初に坂路コースを作ったのは関西なんだよな」マスターは関西馬の成績が上がった要因だと記憶している。
「そう、関西馬に負けないようにというので美浦にも作ったんだけど、造りが問題なんじゃないかな」
オレは調教ＶＴＲを見ていても関東の有力馬が美浦の坂路で仕上げているのをあまり見ない。
「何でだ？」マスターは怪訝な顔をする。
「坂がきつ過ぎるんじゃないかな、関東は」オレには何となくそう見える。
「削ればいいんじゃないっすか？」ケンちゃんは簡単に言う。
「お前、削り節じゃないんだから．．．はい分かりました、スリスリって訳にはいなかないんだよ」
マスターは削り節を作る手つきでそう説明した。
「調度良いってのは難しいってコトなんだろうな」オレは分かったようなことを言う。
「ウッドチップの代わりにカツオ節まいたりしてな」マスターからの提案である。
「走らないで食事が始まっちゃうんじゃない？」ケンちゃんは太目の馬が増えると心配している。

明日から美浦の坂路コースにはカツオ節がまかれて、関東の競走馬は海の香りが漂う環境でケイコに励む。

関西馬に負けないようにウミの苦しみを味わうのだよ．．．卓球の愛ちゃん、出産おめでとう！