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590件のひとこと日記があります。

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2017/10/17 21:36

スナック・パドック 「地見屋」

「地見屋、って知ってるか?」マスターから質問が飛ぶ。
「グレーのTシャツに下は黒のジャージって姿の男、地味なヤツ」ケンちゃんは同じアパートでよく見るらしい
「競馬場にいるんだぜ」オレは知っている。
「屋って言うんだから商売なんでしょ」ケンちゃんは想像がつかない。
「そう、商売にしてるんだな。落ちてる当たり馬券を拾うんだ」マスターは現場で見ているという。
「なぜか足で馬券を捲るんだよな」オレも競馬場で見たことがある。
「分かるって言うんだよな、落ちてる馬券が当たっているか外れているか」マスターは不思議に思っている。
「でも、当たり馬券を落とす人がいる?」ケンちゃんは腑に落ちないようだ。

「あれっ?」連れの松ちゃんがジャケットの内ポケットをしきりに探っている。「どうしたんだよ」聞くと、
「さっきのレース、専務に頼まれて買ったんだよな」あるはずの馬券が無いという。
「当たってたの?」「んだ、おれさのは外れただども専務のは当たってたのさ」松ちゃんの顔が少し青い。
「で、いっしょに捨てちゃったのかい?どこに捨てたんだ?」オレは松ちゃんに聞く。
「あっちだな」松ちゃんは売店の横のゴミ箱を指さした。「急げ!」二人は大急ぎでそこに向かって走った。
ゴミ箱の中に手を入れて中のものを掻き出した。
「少し破ってあって3枚いっしょだ」という松ちゃん情報が唯一の手掛かりである。
ゴミ箱の中にはいらないものがぎっしり入っている。
馬券だけではない新聞もあるし、飲み残した紙コップのある。
指先がヌルりと濡れた。ふと見ると誰かが吐いた痰が馬券に絡んでいた。ギョギョ!気持ち悪い。
「無理だな」オレは痰にまみれた馬券を手にしてもうすっかりやる気を失った。
「松ちゃん、もう諦めようよ」オレは雲をつかむような話は止めようと提言した。
「だなや」松ちゃんも案外すぐに諦めて駅に向かって歩き始めた。

松ちゃんのような人が当たり馬券を捨てるのである。ケンちゃんは腑に落ちないようだが実際にいるのだ。
つい捨ててしまう。誰にでも起こりうる出来事なのである。
だから、広い競馬場のあちこちに当たり馬券は落ちているのだ。それを拾うのが地見屋なのである。
歩きながら足で馬券を捲って確認しているのだ。しかし、ただ馬券を眺めていても意味がない。
当たり馬券を探さなくてはならない。この商売は楽ではないのだ。
地見屋としての条件は「きょうの当たり馬券は全て完璧に頭に入っていなければならない」という記憶力だ。
それがなければ地見屋は勤まらない。

「最近は馬券の種類が多くて大変なのよ」ベテラン地見屋はそう嘆く。
「ゴソッと拾って片っ端に券売機に入れて当たり外れを確認する、なんてのはダメだからね」
地見屋のプライドが許さない。地見屋として恥ずかしい行為なのである。
「分かるんだよ、当たり馬券は」地見屋としての感が働くという。
「滅多にないから、特にビビッと来る訳さ」長い年月を掛けて培った感なのだろう。

見つけた時「あったぁ〜!」と大声を上げてはいけない。黙って何気ない顔で拾い上げなくてはならない。
そして何もなかったように券売機のところへ行き、換金するのである。
小銭が出て来ると「チッ!」と舌打ちをするのは癖で治らない。
ベロンとお札が大量に出てくることは少ないが、そんなときには胸の高鳴りを押さえるのが難しい。

地見屋、いい商売だよ。お宅もどうだい?予想で当てるより固いよ。

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  • ビギンザビギンさん

    観薫さん、ありがとうございます。正にジミな話題ですが競馬場に行くといろいろな人たちがいて楽しいです。次はコーチ屋ですかね。

    2017/10/18 08:50 ブロック

  • 観薫さんがいいね!と言っています。

    2017/10/17 22:10 ブロック