スナック・パドック　「菊花賞」　レース前・その３

「キセキ◎で文句ある？」マスターはいきなりケンカ腰である。
「無いっすよ。でもキセキが一番人気ってのが何かしっくり来ないっすよね」ケンちゃんは首を捻る。
「トライアルでダービー馬・レイデオロの２着。そのレイデオロが出ないとなりゃそうなるよな」とオレ。
「セントライト記念組はどうなんすか？」ケンちゃんから当然のような質問が来た。
「ミッキースワローの末脚は菊花賞向きかどうかだよな」オレはあの切れ味が長丁場でどう出るかが心配だ。
「皐月賞馬・アルアインはどうなんすか？」ケンちゃんはまたもやまともな質問を投げる。
「ディープインパクト産駒の菊花賞馬はどうなの？ってトコだろ」マスターは競馬ファンを代表して答えた。
「サトノダイヤモンドが勝ったんだからもうそれは単なる都市伝説のひとつでしょ」とケンちゃん。
「ディープ産駒でもダイヤモンドは別格かもな」オレはディープ独特のフォームを知っている。
「首の使い方が柔らかくて低いのが特長で全体に身体を大きく使って走るから距離に問題があると思われる」
とオレは説明を続けた。直線の叩き合いになった時だけこのフォームで走るなら良いが、終始このフォームでは
やはりスタミナロスは大きい。

「ベストアプローチで行くわ」桃ちゃんは最近ゴルフを始めたらしい。
「まだ１勝馬っすよ。しかもデビュー戦で勝っただけっすから」ケンちゃんは無謀だと言う。
「無謀もゴボウも無いのよ。行くって言ったら行くの」桃ちゃんはジョッキをドンとテーブルに置いた。
「神戸新聞杯でキセキの進路妨害に合って急ブレーキ踏んだのは痛かったな」オレはあの瞬間を忘れない。
「今、ニュースで問題になってる妨害運転といっしょかい？」マスターはよくテレビを見ている。
「あれが無かったたらアプローチはどうなっていたのか．．．。見たかったな」オレもアプローチに気がある。
「青葉賞で２着ってのがこの馬の勲章な訳でしょ」ケンちゃんは府中でのあのレースを思い出している。
「アドミラブルに２馬身半も千切られてるぞ」マスターはすぐにスマホで調べた。
「ゴルフで大切なのはショートゲームなのよ。分かる？フルショットで飛ばすのは練習すれば誰だって巧くなる
の。でも、パットやアプローチのように短い距離を上手にこなせるとスコアを縮めるられる訳よ。だから、ベス
トなアプローチを心掛けないとゴルフは上達しないんだな」
誰に教わったのか桃ちゃんはそう言ってゴルフの講釈を述べた。もはや少し呂律が回らない口調である。
「ダメ、ダメ。菊花賞は3000ｍという長丁場なんだからショートゲームなんて通用しないんすよ」
ケンちゃんは簡単に桃ちゃんの受け売りとは言えご教授に反論した。
「こら、ケン。誰に口聞いてんだ、ん？」桃ちゃんはドンとテーブルを叩いて立ち上がった。怖！

「さっき話が出た妨害運転で捕まった男が石橋って名前で、福岡の出身なんだってさ」マスターがポツリと話し
始めた。「その石橋の父親が経営している福岡の石橋建設工業って会社をネットで紹介したヤツがいるんだ」と
話は続く「そうしたら誹謗中傷の書き込みがガンガン来て盛り上がったらしい」フムフムとオレとケンちゃんは
頷いて聞いている。「そのネットの情報の中に電話番号が書かれてあるので、直接電話を入れて『お前の息子が
やらかしたコトは許せん』とか『お前が息子に成り代わって謝罪しろ』とか掛けてくるらしい」
マスターはそこまで話すと喉が渇いたのか炭酸水をゴクリと飲んだ。
「でも、それ全部でっち上げでその会社はまったく関係無いんでしょ」ケンちゃんもそのニュースは知っていた
「そうなんだよ。それが問題なんだよ。お陰で三人の子供たちは学校を欠席することになったらしい」
「そこまでしなくてもいいんじゃない？」ケンちゃんは過剰防衛だと言う。
「だって誰が何をしてくるか分からないだろ」マスターは迷惑な話だと嘆く。
「それだけ世間がこの事件に興味を持っているってコトだよな」オレもこの事件は酷いと思う一人である。
「神戸新聞杯で妨害運転をしたのはキセキなんだから責任は重大でしょ。だからキセキは菊花賞に勝っちゃいけ
ないんじゃないんすかね」ケンちゃんは無理くり話をつなげた感がある。
「おいおい、何でそうなるんだ？」とマスターは大いに不満である。

「俺もドライブレコーダー取付けようかなと思ったけど、当たり馬券を車の中で見られないな」マスターは車の中の振る舞いが変わってしまう可能性に気付いた。
「ヤメた、ヤメた」マスターから取付け中止宣言が出た。
「キセキ◎もヤメるの？」とケンちゃんが突っ込むと、「それはない！」マスターはキッパリ言い切った。