スナック・パドック　「菊花賞」　レース後

「いえ〜ぃ！！」マスターは満面の笑みを浮かべて両手の指でピースマークを作った。
「この悪天候の中、良く走ったっすよ」ケンちゃんはキセキを褒め称える。
「出遅れたからな。心配して見ていたよ」オレもその瞬間はアッと声が出た。
「まっ、何も慌てることは無いんだよ」マスターは余裕のヨッちゃんである。
「いや、慌てたでしょ、ホントは」ケンちゃんはそう言ってマスターの顔を覗く。
「そ、そりゃぁお前、出遅れと聞きゃぁ．．．でも画面を見るとそんなに離れていなかったからさ。徐々に上が
って中団の後ろに取り付いたときには、もう安心して見ていたよ」とマスターは振り返る。
「そんなに気負ってなかったよな」オレも落ち着いて出遅れの分を取り返したのが良かったと見ていた。

「最後のコーナーを大外に回って前を伺っている様子を見て『これは行ける』と思ったな」マスターは笑顔だ。
「ダンビュライトが先頭に立って、クリンチャーがその外を付ける様に上がって、内をポポカテペトルが突いて
上がって来たときは心臓が飛び出るかと思ったっすよ」ケンちゃんはやはり芦毛馬を応援していた。
「その外をキセキとミッキースワローが並んで上がって来たときは『ヨシ！』と思わず声が出たよ」とオレ。
「そのあとはキセキの末脚が爆発して独壇場となった訳だわな」マスターは笑いが止まらない。
「クリンチャーがいなければなぁ〜」ケンちゃんは寂しそうな声を上げて悔しがる。
「だから俺みたいに単勝勝負でいいんだよ。お前は複勝勝負で良かったんだぞ、複勝で」マスターは反省を促す。
「そうっすよね。1,110円も付くんだもんなぁ」ケンちゃんは配当を見てさらに悔しさを募らせた。
「でも悪かったよ、芦毛馬の話になったときについ怒っちゃったからな．．．。スマン」とマスターが誤った。
「あっ、えっ、そんな．．．気にしてないっすよ、全然」ケンちゃんは右手を横に振ってそう言うと、
「お前に乗っかってワイド馬券でも買ってたら喜びが倍増してたな」マスターからタラレバ話が出た。すると、
「あっ、そうか、俺、ワイド買ってるわ。忘れてた」ケンちゃんがスマホで残高を確認している。
「やったぁ〜！５万円ゲットだぁ！」ケンちゃんは立ち上がって万歳ポーズだ。
「ワイドは前日に買っといたんすよ」ケンちゃんは笑いが止まらない。

「何だよ、結局俺より儲かった訳？」マスターは何か気に入らない。すると、背中の棚から一本のボトルを取り
出して「記念にこれキープしろよ」とケンちゃんの目の前にボトルを置き、布で回りを拭き始めた。
「いいっすよ、俺、ウイスキー呑まないっすから」ケンちゃんは右手を横に振ってそう言うと、
「山崎の１２年だぞ。上等ですよ。呑まなくてもいいよ、置いとけば」マスターはボトルを拭き終わる。
「祝・菊花賞馬券ゲットって書いて飾っておこうぜ」引き出しからタグを出してマジックを用意している。
「また上等な品物を用意しておいたもんだな」オレはボトルをそっと撫でながらそう言うと
「最近来てくれるようになったお客さんがさ、これをぜひ入れてくれ、って言うもんだからさ、箱で仕入れたん
だよ」マスターはニヤリと笑う。ケンちゃんは呆気にとられている。
「お祝いに一杯飲みたいな」オレはケンちゃんにお願いをする。「そうだよな、お祝いしよう！」マスターはい
つものように手慣れた手つきでボトルを開けて氷が入ったグラスに注いだ。トクトクトク．．．心地良い響きの
音である。「い、いくらっすか？」ケンちゃんは恐る恐る聞いて来た。「３万でいいぞ」マスターは軽く答える
と、「えっえっえっ〜！３万っすか〜！」カウンターに手を突いて立ち上がって叫んだ。「安いだろ」マスター
は軽くいなす。「ちきしょう！何でこうなるんすか？」ケンちゃんは拳を小さく握って悔しがる。「タグには
馬の名前を入れるか？」マスターはマイペースだ。「ポポ．．．ポポ．．．ポポ何だっけ？」マスターは馬の名
前がきちんと出ない。「いいっすよ、俺が書くから」マスターが持っていたマジックをむしり取るようにして持
つと「ポポカテペトル」と勢いよく書いた。それを見たマスターは「汚ねぇ字だな」と言ったものだから、ケン
ちゃんは怒ってカウンターに置いてあるグラスをいきなり掴んでグイっと呑んだ。呑みなれないものをいきなり
呑んだものだからゲホゲホとむせ返る。「ちきしょう！何でこうなるんだよ」とケンちゃんは半べそをかいてい
る。

菊花賞をキセキが優勝して、３着にポポカテペトルが入って、スナック・パドックは大盛り上がりとなった。