スナック・パドック　「天皇賞・秋」　レース後

「ヤッホー！やってくれたぜ！ありがとう！」マスターは有頂天である。
「素晴らしい！やっぱり強い馬は強いっすね」ケンちゃんはブラックを称える。
「確かに強い、憎らしいほど強いな。今回は立派だったよ」オレもブラックに敬意を表した。
「いやー、あの泥んこの馬場の中をよく走ってくれたよ」マスターの瞳は少し潤んでいる。
「最後の直線のクラウンとの叩き合いは凄かったっすからね」ケンちゃんは手に汗握って見ていた。
「あれは歴史に残る叩き合いだったな」オレも感動して見ていた。
「とにかく素晴らしい馬だよ。応援しがいのある馬だよな」マスターの感動は納まる気配がない。

「スタートは悪かったっすね」ケンちゃんは前半が後方からのレースになったことに驚いた。
「あれは武豊の作戦だな」
オレは前に行って競り合うのを止めてゆっくり後ろから行こうと決めていたように見えた。
「俺もあれには驚いたよ」前の集団にブラックがいないことにマスターも違和感を覚えたようだ。
「冷静だったよな。内が空いてるので終始内ラチ沿いを走って４コーナー手前では４番手に上がってるもんな」
オレは武豊の作戦が見事にハマったことに驚いている。
「内側は悪化してるから脚を取られやすいんじゃないんすか」ケンちゃんはそれも作戦なのか疑問だった。
「スタミナには自信があるからな。そしてあの悪い馬場も苦にならなかったんだろうな」とオレ。
「もう無敵だな。どんな条件でも何も心配がない訳だからな」マスターは晴れ晴れとした清々しい気持ちだ。
「今更ながら宝塚の９着は何だったんすかね」とケンちゃんは首を捻る。
「あれは夢、俺達は夢を見てたんだよ」マスターは両手を大きく広げてそう叫んだ。

「２着にクラウンで、３着にレインボーラインだったっすね」ケンちゃんはさすがに３着馬は読めなかった。
「土砂降りの雨だっただけにレインボーで雨つながりって訳か」マスターは絶好調で頭が冴えている。
「マスターはいいっすよね、１着馬だけ当たればご機嫌なんだから」ケンちゃんは妙な突っ込みを入れた。
「何言ってんだよ、その一頭を決めるのがどれだけ大変なのかをお前には分からないだけの話だろうが」
マスターは少しカチンと来たようだ。でも今日はブラックが勝ったことの嬉しさで余裕の対応が出来ている。
「あれっ？ポポのボトルが無くなりそうだねぇ」と言って、ケンちゃんの前に置いてある山崎12年をつかんで
残りの量を確認した。そして、ニコニコと笑いながら奥から新しいボトルを持って来て、
「どうぞ、お召し上がりください」と古いボトルと入れ替えた。
「あれっ？これ、もしかしてブラックからのプレゼントっすか？」とケンちゃんが恐る恐る聞く。
「もちろんですとも。いつもお世話になってますから、きょうの良き日にこちらをどうぞ」とマスター。
「おぉー！ラッキー！ブラック、ありがとう！」ケンちゃんは感動している。
「そんなに喜んでもらうと俺としても馬券を当てた甲斐があったって実感が湧くよ」マスターは満面の笑みだ。

「でっ？アラジンはどうだったんだ？」マスターがオレの顔を見る。
「単勝馬券を当てた人は、その後ろはもう見ないっすよね」とケンちゃんは鋭い。
「それを『木を見て森を見ない』って言ってさ、結構嫌われるんだぜ」オレは少し嫌味を言う。
「おっ、そんな捻くれたこと言うとこ見ると、大負けしたな」マスターの人差し指がオレの鼻先に伸びた。
「最下位っすよ」ケンちゃんがバラす。「おい、ホントかよ」マスターが笑う。
「ご愁傷様」マスターの笑いは止まらない。
マスターは単勝馬券をゲットして笑い、オレの◎が最下位だったことで笑う。

本日のスナック・パドックは大笑いが絶えず、幸せホルモンで店内を埋め尽くした。

この楽しい雰囲気がいつまでも続きますように．．．祈るのみある。