スナック・パドック「マイルＣＳ」

マスター「ここはグランアレグリアで文句無しだろ」
ニシ「前走は二千で・・・距離が長かったっすからね」
オレ「なんか元気が無かったぞ、パドックを見る限り・・・」
マスター「いつもあんな感じじゃあねぇか」
ニシ「首を下げてトボトボ歩くのがこの馬の特徴っすからね」
留「歳食って弱って来たんじゃねぇのか・・・ん？」
マスター「おいおい、まだ老け込む歳じゃねぇぞ」
オレ「一週前は坂路で伸び伸び走らせて、今週は左回りのウッドチップコースをゆったり走らせて・・・」
ニシ「らしいっすよね、藤澤和厩舎らしいっすよね」
留「ビシビシやれよビシビシ！本番前のケイコだぞ！」
オレ「藤澤和厩舎流ってヤツだよな。調教師がヨーロッパで学んだスタイルらしい」
マスター「本番に余力を残した調整法って訳だな、輸送もあるしな」
留「気に食わねぇ、そんな考え方は日本のケイバには通用しねぇぞ！」
ニシ「ところが十分実績を残してるっす」
オレ「いい馬が集まる厩舎になってる。無理をしないから馬主からの信頼も厚いな」
留「チッ！」
話がグランで盛り上がっているところに妙齢の女性がパドックの扉をガラリと開けた。
チエ「あら、いつもの面子で盛り上がってるじゃないの」
マスター「外れ馬券の買い方を検討してるのさ」
ニシ「姉さんのアドバイスが欲しいっす」
チエ「あらニシちゃん、やっと私という存在に気が付いたのね」いつものように生中のジョッキを勢いよく口に運んだ。
留「やっぱりグランでカタいって言うんだろ」
チエ「プワァ〜！ウマい！生きてる、このために生きてるのよね」カウンターにゴトンとジョッキを置く。左手の親指の付け根で唇をなぞる。フワ〜っとため息をつく。
ニシ「来た来た！いつもの挨拶代わりが・・・来た〜！」
チエ「いいんじゃない？グランで」西の空を指差し思いを阪神に向けた。
留「やっぱりな」
マスター「決まりだな」
ニシ「姉さんがそう言うんなら・・・それで決まりっすね」
オレ「いいのか・・・それで・・・ホントにいいのか？」
ディフェンディングチャンピオンであるグランアレグリアが断然の◎であることに何の文句も無い。当然のコトであろう。輸送を考慮しての軽めの調教も当然のコトであろう。藤澤和厩舎流の軽めの調教もいつものコトであろう。がしかし何かが気に食わない。何かが引っ掛かる。ルメールがどういう作戦でこのレースに臨むのかが大いに気になる。シュネルマイスターを意識してレースを進めるのだろうか？ペースは速くなると見てレースを進めるのだろうか？スタート直後の５００ｍある直線でどのポジションを得るのだろうか？６００ｍのスパイラルカーブをどのポジションで曲がって進むのだろうか？コーナーを曲がり終えた最後の直線はどういうポジショニングでレースを進めるのか？興味津々である。右回りのスパイラルカーブは必然的に右手前で走るのだからスタート直後は左手前で走りたい。カーブでスムーズに右手前に移して、最後の直線は左手前で力強く駆け抜けたい。そのようなスムーズなケイバが出来た馬が勝つ！間違いない！それがグラン、なのか？
オレ「キッドに期待してみようぜ」
ニシ「去年の東スポ杯の勝ち馬っすからね」
留「グラン―キッドの一点でいいのか？」
マスター「どっちが頭さ」
チエ「グランに決まってるでしょ」
留「グランが怪しいんだったら手広く行ってもいいんじゃねぇのか？」
チエ「グランが怪しい？・・・怪しいのは留さんでしょ」
留「何？誰が怪しいって？」
チエ「留公だよ」
マスター「おいおい、俺の店でモメ事は許さねぇぜ」
怪しいのは留さんなのか、グランなのか？俺にとってはどちらも怪しいと言わざるを得ない。シュネルを意識しすぎて後ろでケイバをするようなら前を行く馬にやられかねない。その前を行く馬の中に高素質馬がいる。マイル得意な安田隆厩舎のダノンザキッドだ。デビュー以後順調に成長して期待された皐月賞で15着(１番人気)と大敗してクラシック戦線を脱落。富士ステークス(東京・10月23日)で復活して４着(２番人気)と元気な姿を見せてくれた。調教は栗東のＣＷコースを切れのある鋭いフットワークで速いタイムを記録している。調子は良さそうだ。大きなスパイラルカーブをスムーズに回って、最後の直線５００ｍをパワーの出せる左手前のフットワークで勢い良くゴール板を駆け抜けてくれれば久々の勝利をつかむこととなる。管理する安田隆調教師は、名馬・トウカイテイオーの主戦ジョッキーだった。ダービーを楽勝した時の鞍上でのあのはにかんだ笑顔と同じ笑顔をまた是非見てみたい。