霞番

上方落語や歌舞伎の劇場で、観客をアテンドする女性をお茶子さんと言いますが、その中でもトイレを待つ列の誘導係のことを、平成中村座のお茶子さん達の間では「霞番(かすみばん)」と呼ぶそうです。

トイレで流す→消えてしまう
霞も消えてしまうもの

が語源で、きれいな名前で気持ちよく仕事をしましょうという発想なのだそう。

今日はその平成中村座のお話を…



平成中村座は 故中村勘三郎さんが江戸時代の芝居小屋を再現して建てた移動式の仮設劇場で、浅草・ニューヨークで上演された後、大阪でも上演されています。


私は大阪城公園でのお芝居を観に行ったことがあるのですが、歌舞伎もさることながら、中村座のホスピタリティに非常に感銘を受けました。

正直言うと、歌舞伎の良し悪しは「凄い！」の一言以外、難しくてよくわかりません(爆)

ただ初めて見た歌舞伎が市川海老蔵さんでしたが、海老蔵歌舞伎は少し「お高い感じ」、中村座は「庶民的で楽しい感じ」でした。


さて、特筆すべきは まず冒頭の霞番の働きぶりです。

歌舞伎は一回の公演が4時間強と長く、休憩が3回ほどあるのですが、座席でお弁当を食べたり、御手洗いに行ったり、グッズを買ったりとなかなかに忙しく、特にトイレは長蛇の列になります。

平成中村座は仮設劇場ですから、トイレはイマイチと思いきや、何と20もの個室があり、霞番が見事に長蛇の列を捌くのです。

「そちらのお着物のお客様、4番へどうぞ」
「次のレザーをお召しのお客様、8番空きました」

遠くからでもわかりやすいように、無駄な時間が生じないようにテキパキと誘導するだけでなく、ジョークも飛ばします。

トイレへと続く通路には、女性のことを考えて、両面に個別の鏡がズラ〜っと備え付けられています。

それらを混雑することなく満遍なく使う為に「こちらの鏡、特に美しく仕上がりま〜す」と奥まったスペースを有効活用させたり、1人で長い時間占領している人へは「お客様、もう充分お綺麗なので申し訳ございません。お譲りいただけますか？」と声をかけたり…(笑)

ハツラツとした笑顔での声かけに、マダムも「あら〜、そんなにキレイ？」と怒るどころか大笑いで、行列でイライラしがちなトイレタイムが爆笑の渦でした。


そして帰りに劇場を出ると、何とゴルフカートでお見送りをするサービスが待っているではありませんか。

大阪城公園はマラソンが開催されるほど広大な敷地なので、劇場から公園出口まで結構歩きます。

丁度銀杏並木の美しい時期だったので、それを眺めながらのんびり歩くのが風情ですが、年配の方も多いのが歌舞伎です。

ゴルフカートは数が少ないので、年配の方や着物の方を中心に「お疲れになってらっしゃいませんか？」と利用を勧めていました。


因みにこれとは別に「お大尽」と呼ばれる4席限定のスペシャルシート(35000円)には、勘九郎さん達が「お練り」の時に実際に乗る人力車で、最寄りの駅までの送迎が付いているそうです。

お大尽様は 金屏風のお席で お茶にお酒にお食事・役者のご挨拶などの接待を受けます。

35000円で味わえる贅沢チケットは、なかなか入手困難らしいですが…


他にも故勘三郎さんの生前の「隈取り」の写しが、場内18箇所に隠されていて「隠れミッキーならぬ隠れ勘三郎を探せ」があったり、話のネタに事欠きませんでした。

これぞ中村座のホスピタリティ。

霞番もゴルフカートも隠れ勘三郎も、行って初めてわかる心憎いおもてなしです。

難しい歌舞伎を日本語と英語で解説するイヤホンガイドのレンタルもあります。

そこには ただ単にサービスを提供するだけではなく、敷居の高い歌舞伎を 世代を超えてもっと身近なものにしようという思いや、日本の伝統文化を世界へ広めたいという明確な意志が感じられました。


ホスピタリティとサービスは似て非なるものと言われます。


サービスは相手と主従関係の元にあり一方的である。

対してホスピタリティとは、更にそれを超えたおもてなしの心、相互信頼を信条とするものなのだそうです。


平成中村座の取り組みは ホスピタリティの原点に立ち戻らせてくれる素敵なものだったなぁと、最近自分の周りで起こった出来事をきっかけに ふと思い出しました。


情けは人の為ならず。


この言葉ってサービスでなくホスピタリティを表すものなんですね。






霞番…

トイレの誘導係と言ってしまえばそれまでですが、そこに知恵やユーモアを加え、エンターテイメントに花を添える存在になってしまう。


素敵なお仕事ぶりを見習って、さぁ私も一日 頑張ります