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2019/06/21 15:58

93

 外に出られるだろうかとは言う暇もなく出なくてはならない。覚悟を決めて、ダンスが未だにレボリューションするそばを潜り抜け、下へ急ぐ。
「さすがにこの建物の屋上は跳ぶのは危険だから、やりたくないよな」なんて思って、どうかそうならないよう願った。

「櫻さんは、トラウマを植え付けた、許されないこともしていた。謝罪は無いがそれを理由に、関わりたくないと断交する方法もある」

走っている横で、彼はふいにそんな話をした。
「ケガの功名、じゃないけど――きみだって、僕だって、外に出られなかったのは櫻さんのせいなんだから」

『櫻さんが居るから』
争いになりたくないから。
争うから。
櫻さんが奪うから。
櫻さんは――――

「もしも櫻さんが居なかったら、こんなことにならなかったし、周りなど気にせず、場所など選ばず、もう少し平穏に生きられたんじゃないかな。

櫻さんの居ない場所を探して、気を遣って、隠れるように生きてきたようなものじゃないか」

存在理由、経済価値、どちらの肩を持つだとかそんなものは無く、ただ櫻さんが住んで居ないからこの街に来たんだというのは確かにひとつの真実だったが。
「あと、敬之というやつだ。あいつも居ないからな。此処は」

彼は、櫻さんの公認の夫である男の名前を口にした。
彼とは――もちろんぼくとも忌々しいと思う名だ。
今でもどこかから、ぼくたちに貼りついているんじゃないかと思ってしまう。迷惑な男。



「櫻さん次第というのは、確かに大きい。なんで、櫻さんなんだろうな。櫻さんが居なければ、逆にぼくらはどこに居たっていいわけだ」

櫻さんの居ない場所なら。
櫻さんにさえ、会わないなら。まるで、彼女にとっての
『マエノスベテ』だった。

「櫻さんがぼくに付きまとってネタにしていることは前にも言ったけどさ」

ぼくは、雨が降りそうな空を見上げた。

「彼女の処女作は、ぼくの殺された祖母をテーマにされてたよ」
ぼくは言う。細部は、彼女の憎悪と悪意で曲がってしまっているけれど。
ぐちゃぐちゃ、歪んでいく、世界。
「次の作は、ぼくの、壊された、世界を、テーマにされていたよ」
ぐにゃぐにゃ、歪んでいく。

「ぼくの、殺された、友人が、テーマになっていたよ」

ぐちゃぐちゃ、壊れて、乱されて、崩れていく。

「ぼくの、大事な人が、テーマになっていたし、
ぼくの、殺された、実姉が、テーマになっていたよ」

櫻さんにとって、ぼくの価値ってなんだろうか。生きているネタ帳に過ぎないんだろうか。

「――なんで、知ってるんだろうな。なんで、そんな作品を、創るんだろう」

身の上話は、うまく隠蔽しなくてはならないけれど。

だからこそ。
『だから』
言うことが出来ないからこそ。
2019/06/21 11:29

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