思考的奴隷
思考が制限されている場合、それは奴隷である。判断基準を外部に求める時、往々にして陥りやすい傾向にある。他者と比べることが、そもそもの始まりである。他者と比べることで、他者と違っていないことに安堵し、他者と違っていることに恐怖を覚える。それを繰り返すことで、奴隷的思考が完成する。社会は、その思考方法を上手に操る。一方、本人は、操られているという意識を持たない。それを良しとするか、そうでないかは、もちろん個人の選択の自由である。その選択は干渉されるべきものではないし、強要されるべきものでもない。