1642件のひとこと日記があります。
2015/02/13 12:13
http://d.hatena.ne.j
http://d.hatena.ne.jp/katuryoku/20100925/p1
今、善哉さんの評伝を読んでいるけど、このブログもなかなか勉強になりますな。脱帽。
-
スダピンボールさん
ミンスキーはダイタクヘリオスの血統に入ってますが、ミンスキー三人娘、なんて言われていましたね。
ネット上の情報だと、サクラユタカオーも社台に入りかけていた、旨書かれていました。この経緯は知りたいところです。
ユタカオーあってのバクシンオーですが、ユタカオーが社台入りしてたら、歴史は少し変わっていたと思います。ユタカオーはシービー以上のプリンスリーギフト系種牡馬ですから。 -
ソルティンゴは本当に惜しかったですね・・・
無事で長く産駒を出し続けられていたなら、同じ伊出身の名種牡馬セダンの様になったのではないかと思っていたのですが。
当時は欧州でのトロイの大活躍もあり、ペティンゴ系がブイブイ言わせていた時期でもありましたし。
ミンスキー(これは社台の馬ではありませんが)とソルティンゴは大変惜しい事をしたと今でも思います。 -
スダピンボールさん
御意。
ノーザンテーストですら、成功するかどうかわからないために、ディクタスやら、ソルティンゴ、ニゾンなど7頭を輸入した、という記述が何とも印象的でした。 -
善哉御大がプリンスリーギフト系の種牡馬を頑なに輸入しなかったのは、日高軽種馬農協等の組合系に対する対抗心だったと思います。
「俺は、ボールドルーラー系で、プリンスリーギフト系を凌駕する快速種牡馬を輸入してみせる」と考えていたのではないでしょうか。
結局、その思いはノーザンダンサー系で成し遂げられましたが。
プリンスリーギフト系に関しては、(前述の対抗心もあり)大っぴらには公言していませんでしたが、本当のところは高く評価していたと思います。
そうでなければミスターシービーを鳴物入りで社台スタリオンに迎え入れる事はなかったでしょう。
ミスターシービーを社台Gに迎え入れる事が出来て、善哉御大も溜飲を下げる思いだったのではないでしょうか。