189件のひとこと日記があります。
2012/09/18 19:57
ながちゃんが我家にやってきた(終)
その日帰宅するやいなや、娘はいきなりこう言いました。
「私、大変なことしちゃった」
まだ着替えも何もせずに、何度もそう繰り返すのです。
でも顔は確かに笑っていました。
つまり笑いながら、何度も大変、大変と言うのです。
きっと言いにくかったのでしょう。
話はなかなか進みませんでした。
大変だと言うのを要約すると、こうなります。
今日いつものように土手を通って帰ると、
ながちゃんがぐったりしている。
いよいよあぶないんだ、入院させなきゃと思って、すぐ戻り、
残っていた同僚に頼み、ながちゃんを病院へ運ぶことにした。
そして先生に診てもらった。
診断の結果は、特に悪いところはない、悪いところがないのに、
入院させるわけにはいかないというものでした。
そうなるとまた四谷まで戻らなければならないが、
いくらなんでもそこまで同僚に頼むわけにはいかない。
大変だ、大変だと言うのです。
そして最後にずっと言おうとしていたことを言いました。
「二、三日でいいから家に置いて貰えないかな」
そしてすぐ二つの封筒を取り出して、こう付け加えました。
「これはいろいろご迷惑をお掛けするお詫びです」
驚いたことに、娘は金で人の心を買おうとしたのです。
「いつからそういう人間になったんだ」とは私は言えませんでした。
妻はあっという間に、二通とも受け取っていました。
妻はそういう人間でした。
「それは私の馬券代だろ」とも私は言えませんでした。
こんな時にも、私は自分の立場と言うものが、
頭から離れない人間だったのです。
ながちゃんが二度と四谷の土手に戻ることがないように、
その封筒が私の目に触れることは、二度となかったのです。