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2018/06/07 17:56

小説 不思議な体験 連載3

春の東京開催も今日と明日で終わり。この前彼女と会ったのが4月下旬。あれから1か月半たった。毎回競馬場に来ているが、あれ以来彼女と会うことはなかった。今日は朝起きるのが遅く、洗濯と掃除をしてから出てきたので競馬場に着いたのが2時過ぎ。急げば9Rに間に合うけど、最近負けが込んでやばいことになっている。今日は10Rとメインレースだけやって帰ろうと思った。そうなら急ぐことはない。腹ごしらえをしてから10Rの検討をしよう。

腹ごしらえが終わって、やっぱり自然とあの場所に足が向いてしまう。らち沿いだ。ゴール近くのらち沿いはシートを敷いて場所取りしている人が多い。朝早く来て1日そこで競馬を楽しんでいる。今は携帯で馬券が買えるからいちいち券売機のところまで行かなくて済む。俺が向かったのは、馬場に向かってウイナーズサークルの左の方だ。いるときはそこにいる。

その場所を目指して歩いていると、そこに彼女がいて、こちらに向かって手を振っている。かわいいなあ。やった。つい速歩きになって彼女のもとへ近づいた。「久しぶり。また会えたね。」「ええ。」この子はいつもあまりしゃべらない。少しうつむきかげんだ。内気なのかもしれない。「君、なまえは? どこに住んでいるの。」「…。」しばらく沈黙が続いた。そうか。聞いちゃいけないんだ。もう少し打ち解ければ教えてくれるかもしれない。

「10Rの勝馬を教えて。」「どの馬が勝つかはわからないけど、私は14番の馬を応援しているの。」14番か。単勝11倍、5番人気か。負けてもいい。単勝5000円勝負。よし馬券を買いに行くぞ。待てよ。また俺がいなくなるとその間に彼女もここからいなくなるのか。そう思った俺は思い切って彼女に言ってみた。「ねえ、俺これから馬券買いに行くけど、一緒にここでレース見ようよ。」彼女はしばらく黙っていた。また言ってはいけないこと言ってしまったか。すると、「いいわよ。一緒に見ましょう。」と彼女は言った。やった。初めてだ。

俺は急いで馬券を買って元の場所に戻った。彼女はいた。でも何か様子がおかしかった。10Rは芝1600m、3歳1000万下のレース。彼女はそのスタート地点の方を見つめていた。話しかけられるような雰囲気ではなかった。ファンファーレが鳴って馬のゲートインが始まった。彼女は肩で息をしてすごく興奮しているようだ。「大丈夫。具合悪いの。」と俺は彼女に聞いた。彼女は俺の問いかけには一切答えず、スタート地点の方を見つめていた。

レースが始まった。17頭立て。14番はどこにいるんだろう。ターフビジョンを見た。なかなか見つからない。オレンジの帽子。いたいた。後方3番手位を追走していた。位置取りが悪い。3角が過ぎて外をまくって上がってきた。外を回り過ぎ。最後の直線で大外から追い込んで来た。ぐんぐん伸びてくる。「差せー、差せー。」と大声を出した。そして、ゴール直前差し切った。2着とはクビ差。単勝1120円。払い戻しは5000円×11.2=56000円。

ふと我に返って、彼女の方を見た。彼女は両手を膝に当てて下を向いていた。背中を上下させて苦しそうに息をしていた。汗びっしょりだった。「どうしたの。大丈夫。今レース見てた?君が応援していた馬が勝ったよ。」「そう。よかった。」彼女はとぎれとぎれ、やっとそう答えた。レースになると彼女がいなくなる理由はこれだったのか。レースにのめり込み過ぎて自分が走っているような気持になってしまうのだ。

俺が14番の単勝馬券を眺めていると、隣にいたおじさんから声をかけられた。「お兄さん、14番とったの。すごいね。俺なんか5番から馬連で流したけど3着よ。」俺は「この子に教えてもらったんだ。」と彼女の方を指さした。彼女はだいぶ落ち着いてらちにもたれかかっていた。おじさんは「誰だよ。そこに誰もいないじゃないか。」おれは「この子だよ。この子に教えてもらったんだよ。」おじさんは「誰だよ。」といって不思議そうな顔をした。え? この人には彼女は見えないのか。俺にはこんなにはっきり見えるのに。リアルにここにいるじゃないか。でも俺は「いや、なんでもない。」とその場を取り繕った。

つづく

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    2018/06/07 20:20 ブロック

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    2018/06/07 20:14 ブロック