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2015/09/05 08:02
Vivo cada dia como se fosse ultimo 【後編1】
翌朝。
頭痛の残る中目覚めると、部屋にユリはいなかった。
夜中のうちに、自分のとったホテルの方に戻ったらしい。
書き置きがあった。
「10:00に札幌駅前に車で来れますか?」
昨夜の雰囲気からすると随分冷めた表現にちょっと訝しさを感じながら
僕は時間通りに駅前に着いた。
今日のユリの格好は、昨夜とはうってかわって清楚な白いワンピースに白いハット。靴もヒールのあるのを履いている。この服装ではさすがに荷物のリュックを背負うのは似合わないと見え、両手に提げて持っていた。
相変わらず笑顔はかわいいが、例の雌豹の瞳は効力を失ったかのように伏目がちなのが気になる。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」とユリ。
昨夜あんなことをしたかもしれないのに、わかっているのだろうか?
ユリを車に乗せると、僕はすぐ、どこに行くつもりなの?と聞いた。
「うふふ、やっぱり忘れてる。あなた今日は国道231号を北上して一気に稚内まで行くんだーって、昨夜言ってたでしょ?だから私も途中まで同伴するんだって。」
そうか、僕の今日の強行軍を昨夜ユリに話していたのか。
でも、途中って?
そしてどうしても昨夜のことを確認しとかなきゃ。
あ、の、昨日の夜、僕は・・・
「すっごく、すっごく、嬉しかったよ!」
そのまま運転する僕の左腕にもたれかかるユリ。
そうなのか!
でもこんなことで勝ち誇った気分になる、男って本当に単純だと後で思う。
さて少し経つと、何故かユリは寡黙になってしまった。
いや、僕にもたれて寝てしまったようだ。
車はいよいよ海岸沿いの国道231号、通称オロロンラインに入った。
今日は曇り。海は波こそ穏やかだが、どんよりとむくれている。
すると目を覚ましたユリは、海を見ると
「佐々木好って知ってる?《望来、石狩、小樽にも》みたいな詞でここら辺のことだよね。《バイクで行くんだ君だけと》ってとこは、私達は車だけどね。」
僕には何やら分からないフォークシンガーの歌を口ずさんで、一人で笑っているユリ。
僕も仕方なく笑う。
「馬、好きなんだよね?」と突然ユリ。昨日はあんなに無関心を決め込んでいたのに。
「何か話して。あ、馬券の買い方とかそういうんじゃなくて、強かった馬の話。」
そうか。それならと僕は、最強馬シンザンがいかに強かっただけではなく賢い馬だったか、主戦の栗田勝がどんなに破天荒でしかも天才的だったか、武田調教師とどんな確執があったのか・・・また、1971年のダービー馬ヒカルイマイの貧乏牧場で育ったエピソードや、そのダービーでの伝説的追い込み等を夢中で話してあげた。
話している途中でユリがまた眠りに落ちたようだったが、とにかく途中で止めずに全部話した。
いくつもの名も知らぬ集落を追い越し、車は、左には海、右には草の生い茂る崖だけが延々と続く国道をひた走る。
まだ午後の早い時間だというのに、すでにかすかに薄暗い。