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2015/09/18 07:49
騎手の選択について
藤田騎手の引退について様々な人たちが様々な媒体で語っているが、その中で目に付くのがエージェント制度と騎手の技術力ということである。
エージェント制度についてはボクシングにしてもしかり、野球にしてもしかりであり大体弊害以外の何者も生まない制度である事はいまさら言うまでも無いところだろう。ボクシングで世界タイトルを取ってもそれが最強を意味しないことになり、多階級制覇が王者の条件になるなど腐敗にも程があるというもの。
エージェントとコミッショナーが生活するためにボクサーを利用するのが統括団体などというばかげた制度を推し進めた性でどれほどのボクサーがその才能を無碍にされたかを考えると腹ただしい限り。
騎手の世界でも同じことをやるだけと思っていたが、騎手の人たちや辞めた騎手の人たちの話を総合してみると、馬券を買う側とは奇妙なズレというか誤解がある。
能力のある馬に乗れないから勝てない→だからやる気がなくなる→成績が低迷する→更に能力のある馬が回ってこなくなる→更に低迷
これを堂々と主張する事だ。その結果エージェントに頭を下げたく無いから成績が下がったのだ。日本騎手の技術力は悪くない。制度が悪いから能力のある馬が回ってこないのだ。だからエージェント制はおかしい。潰そう。
この主張が正しいとは馬券を買う側からは納得できない。上手い騎手または勝たせることが出来る騎手、もしくはより上位に馬を持ってこれる騎手だから能力のある馬の関係者は乗せる事を希望する。これが当たり前の感覚だと思う。おそらく中央競馬ファンの多くもこのことに同意するだろう。しがらみというやつを別にすればだが。
地方ではなかなかそうはいかない。調教師の一存や師弟関係で馬が決まる。1970年代の中央競馬のような状態のままで今も動いている事が多すぎる。南関は他地区からの騎手が来て有力馬を独占する事が起こりつつある(金沢の吉原騎手など)がそれでもまだまだしがらみが騎手を決定する事が多数である。無論技術力が優れた騎手が良い成績を上げるのだろうが、そうでない場合も多い(御神本騎手のように重賞では乗り馬に恵まれなかった人もいる)
地方と中央を比較すればどちらも問題を挙げることは簡単だ。でも全てを解決するすべは無い。当たり前の事だが最適化は出来てもそれは最適化した立場からだけのもので他の立場からは不公正にしか見えない。所詮はそれぞれの思惑の絡まりあいをあげつらうだけだ。
それを考えると大井の的場騎手がいかにすがすがしく見える事か。的場騎手の信念、大井は日本一の競馬場。ここの頂点東京ダービーこそが最大の目標。これだけだ。
金沢の吉原がダービーに勝とうが、東京大賞典で地方馬が負け続けようが、的場騎手には揺るぎが無い。小さな目標だと笑うやつは笑えば良いのだ。信念は自分だけのもの。人に同意される必要など無い。自分が思うがままに目標に向き合い続ける。そのことが本当に大事な事だと的場騎手を見ているとつくづく思う。