67件のひとこと日記があります。
2012/01/24 01:02
スタホに甦る名馬?淀に咲き淀に散った黒い刺客?
皆さんこんにちはミズホ厩舎です
ミスターシービーを甦らせた三冠馬のシャワーが引退し、暫し穏やかな生活となりましたが、次世代の軌跡を辿る前に、どうしても記しておきたい名馬がいます□
WBCに出走する馬の前走成績で
?□?□?□?
□□□止
という、成績を残した馬が出ているのをご存知でしょうか
最後の「止」というのは、競走中止という意味です
その中止となったレースは…第36回宝塚記念
的場均騎手を鞍上に、後方待機の展開を見せながら、淀の坂を駆け降りる瞬間…彼に悲劇が訪れました
彼の名は…「関東の黒い刺客」こと、ライスシャワー□
ウエディングシャワーを名付けた時、私はライスの事は頭になかったのですが、時が経つにつれて、シービーとともに、ライスの事も頭を過ぎっていました
無敗のブルボンの三冠を阻止し、マックイーンが挑んだ前人未踏の3連覇の夢をも打ち砕いたライスシャワー
彼の立ち位置は、いつしかヒール役になっていました
菊花賞で花開いた彼の軌跡は、天皇賞春を2度も制した、まさに淀の申し子
類い稀なるスタミナを武器に、ステイヤーの名を欲しいままにしたライス
何度となく怪我に悩まされながらも、彼が復活した舞台も、やはり淀のターフでした
時代がバブル全盛期だったなら…ライスはステイヤーの遺伝子を買われ、そのまま引退して余生を送れたかもしれません□
何度も引退説が囁かれながら、現役に留まったのは、種牡馬としての彼に、中距離レースでの実績を求めたからでした
刺客と呼ばれたライスは、鞍上の的場騎手と共に、狙いを定めたライバルをしっかりとマークし、最後の直線で一気に差し切るという…恐れられた理由がわかるような、何度見ても興奮してしまうレースだったと思います
ヒール役に徹し、自身の怪我とも闘っていたライスそんな彼が、ついにその役目を終える時を迎えます
第36回宝塚記念のファン投票で、ヒール役だった彼が1位に選ばれたのです□
しかし…もはやライスの脚は、長年の激闘と怪我で、限界のところまで来ていました
その年は、阪神大震災の被害に遭遇した年で、宝塚記念は復興支援競走とされていました
また、震災の影響で阪神競馬場で開催されていた宝塚記念が、その年は京都競馬場で開催される事に決まっていました
ファン投票1位の支持…ヒール役という日陰から、一躍、主役という転身…得意の淀という舞台…中距離の実績への渇望…
様々な要因が絡み合った結果、陣営はライスの引退レースに、宝塚記念を選びました
そしてそのまま…永遠に、淀のゴールを駆け抜ける事はなかったのです
淀の坂を駆け降りていた集団を、突如として場内の悲鳴が襲いました
的場騎手の落馬…それはライスの転倒によるものでした
ターフへ投げ出された的場騎手を、ライスは交わして転倒しました
それは、咄嗟に的場騎手を守ったライスの優しさだと言われました□
一方で、それは単なる偶然だったとも言われていますファンがライスを美化し過ぎている、という批判もありました
私は、それはライスと的場騎手にしか、わかる事の出来ないものだと思っています□
日本ダービーから、ライスと共にターフを駆け抜けた的場騎手との絆は、ファンは元より、評論家や関係者であっても、わかり得る事のない、彼らだけの世界だと思います
骨が粉々になりながらも、懸命にゴールに向かおうとするライスしかし…もはやライスは立つ事も難しいほどの重傷でした
直ぐさま、ライスの元に馬運車が向かいましたそしてそのまま、ライスを収容するはずでしたしかし…現実はライスの周りを幕が覆っていました
淀に咲いた大輪は、淀のターフに抱かれて散ってしまったのです
ライスの亡骸を乗せた馬運車が、淀のターフを去ろうとする時…的場騎手は最敬礼で馬運車を見送ったそうです
その心中を察するには、想像を遥かに絶するものがあったと思います
あの時…着順なんて関係なく、ライスが淀のゴールを駆け抜けていれば
神様は、時に酷な仕打ちをするものだと、呪いたくなります
WBCの舞台で甦るライスシャワーその競走成績に刻まれた、「止」の文字を見る度に、考えてしまう事があります
競馬はビジネスである故、酷使してでも、実績を求めるという事実
それと同時に、彼らの走りに物語を見出だし、胸を踊らせている自分自身
感情と現実が矛盾しています
きれい事だけでは、決して飯を食えません競馬に携わる人たちは、生活を賭して彼らに関わっている訳で、感情論による批判をする事は間違いだと思います
私が、たかがゲームであっても、親バカ炸裂でモニターの中にいる息子娘たちを溺愛するのは、せめて遊びの領域だけでも、感情論に従って、愛馬を大切にしたいと思うからです□
黒い刺客ライスシャワーミスターシービーとともに、皆さんの胸に、その名を刻んで頂けたら幸いです□
今日の日記は…何だかわしらしくないのぉ
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りょうへいさん
>>ふ?さん
こんばんは
私の日記で、ふ?さんを泣かせてしまったのですね
温かい文章だと言って頂いて、本当に光栄です□ありがとうございます□
たぶん…本当に、馬や動物が好きなんだと思いますスタホでも、モニターに向かって話しかけるくらいですから□
ヒール役だったライス…でもライスにだって、自分の命があるように、ライス自身も光を浴びたかったのだと思います
その光を浴びた日が、ライスの最期になるなんてあまりにも悲しい運命だと思います
競馬がビジネスであり、金が動いている以上、耳を塞ぎたくなる話もあります
私には、大層な事をする力も金もないですが、ふ?さんと同じく、モニターの中の息子娘たちを力の限り愛して、無事に現役期間を終わらせてやりたいと思っています
ライスは、間違いなく的場騎手を庇っていたと、私も思いますヒール役はレースでの役柄であって、本当は賢くて優しい男でしたから□ -
りょうへいさん
>>コタチャンさん
こんばんは
ライスとシービーが、うちのシャワーを三冠にしてくれたんですね心に響きました□コタチャンの創造性に、私は感動してばかりです思ってもみませんでした□
ライスは、生涯で6勝しかしていないんですよねなのに、名馬と呼べるだけのものを、ライスは確実に持っていると思います
どんなお馬さんでも、やはり無事に走りきって、帰ってきてくれる事が、一番の願いだと思います
オルフェやヴィーヴルが走るターフに、数々の命が眠っていると思うと、もうこれ以上、悲劇が起こらない事を祈りたいです -
再度 こんばんは
そしてまた泣きました
ライスシャワー、まさにヒール役 その言葉そのものでしたね
ブルボンに三冠を取らせてあげたかったのに
何?あの馬?
マックに有馬記念三連覇させたかったのにまたかい
でも目の敵にした訳でもなく良く頑張るなぁーと思ってました
そうか宝塚で引退か・・・
勝って引退
きっとそうだろう
そう思ってたのに
りょうへいさんの日記見たらあの光景が浮かび涙出ました
私は感情だけで生きてる女なので(笑)綺麗事と言われようがいいんです
馬は賢い生き物です
今まで背に乗せてきた人を庇ったんだ
私はそう思う
有名な馬 そうじゃなく弱くて無名な馬
競走中の事故で死んでしまった馬沢山います
もしかしたら全く走らないから薬殺された馬もいる
彼らは馬肉になるんですよね
そう思うと私はは馬肉なんて食べれません
ゲームの中にいるバーチャルで作り物のオモチャだけど愛したっていいじゃないですか
私も同じですよ
私が心込めて作り愛情たっぷりに撫でた子が走らないのは全てセガのせい
これからもお互いの息子娘達をお互いに愛して行きましょう
素敵な日記、また見せて下さいねm(_ _)m -
りょうへいさん
>>黄金アハルテケさん
こんばんは
牧場のお馬さんたちを、眺めながら授業だなんて□本当に羨ましいですね
アハルテケさんにも、ライスと馬券で繋がりがあったんですね□
いつまでも、どんな形でもいいので、多くの人の胸に、その名前が残ってくれると嬉しいです□ -
おはようございますm(_ _)m
りょうへいさんがまた私を泣かせた
どうしてこんなに暖かい文章を書けるのでしょうか
仕事に戻ります
後でゆっくりコメント入れさせて下さいね -
コタチャンさん
おはようございますm(__)mライスシャワー…確かにWBCT(スタホ2)で5走の成績を見ると止というマークが…ミホノブルボンの三冠を砕き、芦毛の名優メジロマックイーンの天皇賞(春)三連覇を砕いた名馬でありヒールになった淀の刺客…阪神競馬場でなく得意の京都で行われた宝塚記念…鞍上は名手の的場均、普通であれば距離は短いものの京都だから克服するだろう…ですよねしかし皆さんご存知の通り…悲惨な競走中止…予後不良、サイレンススズカ、ホクトベガ、テンポイントなど見ると目を反らしたくなるような事ばかり…馬は人間と違って骨折すると重傷でない限り…予後不良に繋がる事も騎手も死と隣り合わせですが騎手より負担のかかる馬も危険と隣り合わせなのです…三冠を達成した時の日記のコメントでライスシャワーと京都競馬場とミスターシービー…何か運命を感じると…ミスターシービーとライスシャワーがシャワーくんの三冠を後押しをしてくれたのではないでしょうか…もう彼は刺客ではありません…「淀の名馬」ですマックイーンもブルボンも名馬ですが…ライスシャワーも素晴らしい名馬の一頭には違いありません!
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黄金アハルテケさん
ライスシャワー。
1994年、ナリブーの三冠の年の3月中山。
自分の競馬場デビューにして、馬券購入デビュー。
ツインターボの返しを見て、スゲーと思った日経賞。この時の2着がライスシャワーでした。
高校の時は、目の前が牧場で授業中は馬を眺めていましたから。(笑)
ライスシャワーには、翌年の春天でお世話になったかな。(笑)