題名未定の小説(１)

きっと今が幸せの絶頂なのかもしれないな…

先に朝食を終えた妻と息子が、今週の土曜に開かれる 幼稚園の「お楽しみ会」の練習をしているのを眺めながら、伊岡はふと思った。

そして、週末の「お楽しみ会」に自分はきっと行けないであろうと思っていた。
いや、もしかしたら二人の笑顔に接するのも、これが最後かもしれないという覚悟もしていた。

昨日の日曜、中井課長ら数名が「例の件」で、那須の「武山建設本社」に向かったようだが、その後連絡は途絶えている。
もうこの世に存在していない可能性もあると思われる。
いくら社運がかかっているからと、自らの命まで危険にさらすのはどうかと、思うのだが、中途入社である伊岡にはそこまでの事を意見する立場も権利もなかった。

今朝、岡野部長から「月曜に特別な用事がある者以外は、出社後那須へ向かうよう」指示するメールが届いていた。

伊岡もその１人に含まれていた。

妻には那須への出張と告げたが、今生の別れになるかもしれない事はもちろん伝えなかった。


72.3