余生

余生と言う言葉は、字面そのまま見れば、余った命となるが、正確には人生を謳歌した余白の時間とでも言えばいいのだろか？余韻と言い換えれば分かり安いかも知れない。すなわち静かに過ごす人生の終焉を意味する。
競馬評論家の原良馬さんが亡くられた。原さんは自分が競馬を始めた時には既にそこそこのおじいさんに見えたが中々ダンディな出で立ちで土曜日の競馬中継の顔だった。晩年は体調を崩した事もあってテレビに出演されなくなっていたが、お聞きすれば既に80歳を越えていて素晴らしい評論家人生であり、それなりに余生も楽しまれたのではないだろうか？人が亡くなってめでたい何てことは有りはしないが、それでも人が羨むような人生を送れたことは誇るべきことだと思う。
そんなおり、突然の訃報で驚きだったのはやはりディープインパクトの急逝だろう。種付を中止していたのは知っていたし、一つ上のキングカメハメハが種牡馬を引退した事からもそう遠くはなく種牡馬としての最後も近いかなとは感じていたが、それでも17歳で亡くなるのは以外だった。
ディープインパクトの思い出など、今更自分が語るようなものでもないと思うが、あんな馬には自分が生きてるうちにはもう出逢える事はないだろうなとは思う。
強い馬は世界にもたくさんいるし、凄い馬もそれなりにいるだろうが、驚くような馬はそうはいない。驚愕と言う言葉がまさにぴったりで、産まれてくるのが後10年遅ければ、日本よりも海外での方がたくさんのレースを勝っていたかも知れない。間違いなく世界のディープインパクトになっていたと思う。
そんなディープインパクトの死は、競馬会だけでなく、世間をも騒がせた。各界の著名人が1頭の馬について述べる事などそうあるものではない。オグリキャップ以来かも知れない。そんな大騒ぎのニュースの中で静かにある1頭の馬も亡くなっていた。それは自分にとってはとても思い出深い馬で、それがナムラコクオーの訃報だった。
ナムラコクオーはまだ距離が2000mでG2だった頃のNHK杯を勝ちダービーである程度人気になりながらも6着に破れた。同期にはあのナリタブライアンがいたのは運が悪かったかも知れない。中央でそれなりに活躍したが、その後高知競馬に移籍して12歳まで走った。最後に勝利したのはその引退の年だから凄い。このディープインパクトより約10歳も年上のこの馬はまさにディープインパクトとは真逆の馬生を送りほぼ時を同じくして亡くなったわけだ。
さて、どちらがサラブレッドとして産まれて幸せな一生を送ったのだろうか？競走馬として、また種牡馬として全てを手にしたと言っていいディープインパクトと、競走馬として完全に走りきって引退し、それから種牡馬とはなれなかったがのんびりと余生を過ごしたナムラコクオー。これは比べられるものではないのかも知れない。
ただ、ひとつ思うのはディープインパクトにも余生を過ごさせて上げたかったなと言うことだ。競走馬として全力で駆け抜け、種牡馬としても年間楽に100頭を越える種付を行い、何も気にかけられる事なく過ごせる時間はなかっただろうにと思う。ナムラコクオーのように28歳までとは言わなくても、せめて競走馬として努めた年数くらいはのんびりさせて上げたかったなと思う。かつてシンザンがいて、やがてルドルフが現れて、そして、ディープでサラブレッドは完成したのかも知れない。自分は実際にはこの目ではディープしか見れてないけど、今でもそのレースは衝撃と共に目に焼き付いている。あれだけの名馬に跨ってきた武豊がこんな馬いるんだと思った程の馬だ。父を超えろとは息子たちには言えないなぁ。それでも夢には見てしまう。どうかナムラコクオーと共に安らかに眠ってください。また一頭僕のヒーローが逝ってしまった。