悲しみのオルフェーヴル

馬は何のために走るのだろうか？馬は一体誰のために走るのだろうか？
競馬に於いては愚問ともいうべきこれらの疑問をぶつけたくなるようなオルフェーヴルのレース振りであった。馬は物を言えないし、言葉も理解できない。ただ、生まれた時から訓練され続けた競走馬としての所作を指示に基づいて行うだけである。
故に手綱を引けば止まろうとするのは当たり前だろう。そして追われたからまた追いかけ始めた。その結果調教再審査になり、慣れない訓練に時間を費やし、当日は王者には似つかわしくない黒いメンコでまるで犯罪者かのように顔を隠していた。
それは僕には「おまえの意思や感情はいらないんだ。必要としているのは早く走る能力だけでいいんだよ」と全ての責任を押し付けられ悲しく佇んでいるように見えた。
僕は池江泰寿調教師に腹が立ってならない。オルフェーヴルは彼の所有物なのだろうか？僕は彼の発言にちょいちょい苦言を呈してきた。と偉そうなことを言っても僕には何の発言力もないわけで無意味なのだが、こういう場であっても言わずにいられなかた。彼の父である池江泰郎調教師は正に「実るほど頭を垂れる稲穂かな」というようなとても謙虚な方であった。彼はその父の傍で調教助手をしながら何を学んでいたのだろうか？ディープインパクトを始め数々の名馬が居り、その多くの主戦を全盛期の武豊がとっていた。しかし、一度たりとも傲慢な言葉が聞こえてきたことはなかった。天皇賞後に一番最初に調教師から聞こえてきたコメントは今後のことは「会社」と相談してというものであった。確かにオルフェーヴルはクラブ馬主の馬である。それを指す言葉は会社かも知れない。しかし、出資者がいるからこそ成立し、走れるのだ。後にオーナーサイドと言い直したように最初から配慮すべきだったと思う。重箱の隅をつつくような話しで恐縮なのだが、しかし、こういった何気ない一言に普段の考え方や姿勢がでるのではないかと思うのだ。
そこに感じられるのは競馬ファンの不在であり、馬券を買ってくれているファンの不在だと感じられて仕方がない。池江師は前走も今回も騎手を庇ったがそれは騎手が調教師の指示通りに乗ったからだろう。もっと言ってしまえば、自分の指示に忠実に従ってくれる騎手を選択していると言える。前走のチグハグな競馬は凱旋門賞を意識してのものだったと後で僕らは知らされた。そして、今回は折り合わせるために遅れてだしていかせた。思えばワールドエースの若駒Ｓの敗戦も同じような理由であった。一つ忘れていけないのはどのレースも馬券は販売しており、そして一番の支持率を集めていたと言うことだ。凱旋門を夢見るのもいい。ダービーを想定するのも結構だ。しかし、驕ってはいけない。過程があって結果があるのであって、結果が先にくることは決してないのだ。目の前の一戦一戦を必死に戦っていくからこそ更なる高みを目指せるのだし、目指す資格が生まれるんだと思う。これでオルフェーヴルの通算成績は13戦７勝６敗。これからどれだけ勝ち星を積み重ねてもこの６敗が消えることはない。もう歴史的名馬ではなくなった。人間の我欲が名馬の足跡に疵をつけたのである。オルフェーヴルが本当に逆らったのは前走でなく今回だろう。人馬一体はどこかにいってしまい、あれだけオルフェを信じてと口にしてた主戦の手綱から伝わるのは不安と不信感であったに違いない。もうオルフェーヴルには走る理由も走りたい理由もなかった。ただ、騎手に促されるままコースを２周し、最後も頑張ろうとはしなかった。見慣れないウインバリアシオンの遠くなる背中を見つめ、いつもより遠くに聞こえる歓声と狭く見える視野のなかで、悲しんでいるように僕には見えた。輪乗りをする直前に立ち止まり遠くを見つめるようにしていたオルフェーヴルの姿が目に焼きついて僕は買うはずだったオルフェからの押えの馬券を買い損ねた。池江先生よ？失礼を承知で言わせてもらうがあなた程度の調教師は他にもいるだろう。しかし、あなたの同級生の騎手ほどに数多の名馬に乗ってきた騎手はいないだろう。それはとてもラッキーなことだ。立場は上になったのかも知れないが心を割って教えを乞うことも必要ではないかなと思う。上手くいってる時ほど謙虚に、落ち目の時こそ唇をかんで意地を張って。自分が勝負の世界にいることを忘れないで欲しい。敗因をまた物言えぬ馬に求めるなら、再びオルフェーヴルは走らないだろう。僕にはそう思えて仕方がない。