353件のひとこと日記があります。
2015/03/14 23:56
新聞の有り難み。
時は少し過ぎてしまったが、今までの人生で一番過酷だった3.11の話を少し。
たまたま休みだった私は、パチンコをやめようとパチンコで勝った金で得たプレステ3をパジャマのままゴロゴロプレイ。
嫁もたまたま検診日(妊娠8ヶ月)で病院へ。嫁はいつもなら検診終わっても夕方まで実家にいるハズが、母に『たまには夫婦で子供を遊びに連れて行きなさい』と言われたらしくお昼頃子供を連れて現れる。これが運命だったんでしょうね。
用意する間もないためパジャマの上にジャージを来てショッピングセンターへ。そこであの地震です。
私の家系は漁師でして、小さい頃から親父やら爺婆に『津波が来たら何も持たなくていいから、とにかく山とか高い所に逃げろ。とにかく走れ』と口酸っぱく言われてました。そのお陰でしょうね。車は渋滞しかねないし、屋上に停めたから取りに行かなくても良し。と子供を抱き嫁の手を引き屋外の一段高い所へダッシュ。
すると防災無線が『大津波警報が発令されました』と。今まで津波警報までは聞いた事ありましたが、大津波は人生初。これはヤバいともっと高い所へ。そこで嫁が『お母さん大丈夫かな?』と。私は『逃げてるハズだからとにかく逃げよう』と。
それから15分後位にアレが来ました。家屋が壊れる粉塵と共に。夢中で山の斜面を走りました。斜面から見る景色はスゴかった。バキバキと。プロパンガスが至るところで爆発。に伴い火災。そして雪が降ってきました。寒いのなんのって…
だから新聞紙をグシャグシャに丸めて服の中に突っ込み、余った新聞紙を背中に…これが温かいのなんの。新聞紙まで来るのに長かったですね…
巻きます。結果、嫁の母さんはダメでした。ずっと泣いてました。1週間も2週間も。泣きがおさまった頃オレはポロっと言いました。
『お母さん助けれなくてゴメン』と。
嫁はまた泣きました。そして嫁は言いました。
『私と子供助けてくれてありがとう』と。
私は泣きました。
もっとね、もっともっと細かい色んな出来事があるんですがね、言ったら切りがないです。
とりあえず皆さん。命は大事に。津波だけじゃなく、自然災害やら戦争やら、逃げて助かるなら逃げましょう。
『逃げるが勝ち』こんな言葉がありますが、その通り。逃げてる人をを笑ってるヤツは最後笑えません。笑われても逃げたヤツが最後笑います。とにかく楽しく生きましょう。以上です。
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的場とボンちゃんさん
>>艶歌の花道さん
おはようございます!ようこそ同朋よ!ゆっくりケツを楽しんで行って下さい。歩いてるケツも言ってますよ!右足出せば左がプリン♪左足出せば右がプリン♪オレの嫁はブリンブリンですけどね(^-^)v -
艶歌の花道さん
こんばんわ
『ケツ派』同朋を訪ねて来たのですが(;^_^A
これからも明るく素敵なご家族で! -
的場とボンちゃんさん
>>いわぽんさん
こんばんは!やはり家族の絆は強まりましたよ。でもたまに『出てけッ!!』ってな位の喧嘩もしますけどね(笑)ホントに出てって帰って来なかったら探しに行きますけど!(笑) -
的場とボンちゃんさん
>>のど輪だ田上!さん
こんばんは!壮絶でしたね。明るくなったら起きて、暗くなったら寝る。被災を免れた地域の親戚の家で風呂貰ったり。私はまだ良かったですが、妊婦の嫁はキツかったと思います。今でもパソコンとかで映像見ると泣けてきますしね。だから競馬しか見ません!明日からナイターですよ〜!パソコン無いけど、やりまっせッ!! -
的場とボンちゃんさん
>>marvellさん
こんばんは!大変さはお互い様ですよ。恥ずかしい話ですが阪神淡路大震災の時、私は小5位でしてあまり感心がありませんでした。しかし自分が経験してみると気持ちが良くわかります。あの時の自分が情けなくてなりません。私の地域には大阪からの消防隊が入りました。岸和田とか行方とか。20〜30台位の列で来ましたよ。あの消防車の列には勇気が沸きました。ありがとうございました! -
的場とボンちゃんさん
>>はるるんさん
こんばんは!子供はね、ダメです…訳もわからず流された事とか考えると可哀想でなりません。生後1ヶ月半とかさ、産まれて来た意味がわからないですよね。知ってる家族はね、母親は波ギリギリの所に上がって後ろ見たら父と息子が波に飲まれたんですって。そしたら波の中から息子だけがザバッと浮いて来たから母親は手を引き助けたらしいです。父親はダメ。多分ね、親父が息子だけでもと下から押し上げたんだろうと母親が言ってました。子を思う気持ちはどの親も一緒ですね! -
いわぽんさん
こんばんは。いつも明るいボンちゃんさん。やはり、4年前には、大変な目に遇っていたのですね…。でも、哀しみを乗り越えて、家族の絆は更に強まったことでしょう。
当たり前の毎日ですが、実は、とても有り難いことなのですね。 -
的場とボンちゃんさん
>>REOさん
こんばんは!本当にスゴい体験でしたよ。命の大切さだけでなく、人の温かさ、冷たさ、汚さ。食の有り難み。なんか全てにおいて極限でしたからね…水も普段なら飲もうとも思わなかった山から流れて来る沢水でしたし。塩結びに梅干ばかり食べてた最中に食った自衛隊配給の缶詰ハンバーグは美味かったです。あれ以来食べ物は残さないし、子供達には『食えるのが当たり前だと思うな。食える時に食っとけ!』と言ってます。 -
のど輪だ田上!さん
こんな壮絶な体験してたんだね。お母さんの事はとても残念な事だけどボンちゃんは嫁さんと子供を守ったんだ、とても立派だよ。こういう体験の後振り返ってみると運命ってのを感じるね。お母さんが早く帰れと言ったりボンちゃんちが漁師の家系だったり。『人生は選択の連続』だって言ってた人がいたけど、なるべくいい選択をして楽しく前向きに生きていきましょうね。
まっ、俺は軸馬の選択をいつも間違えるけどな!! -
marvellさん
ボンちゃん大変だったね。
私は阪神淡路大震災経験してて、未だに震災の報道は怖くて見れない。生きている事が偶然って感じがしています。
多くの方が犠牲になってしまったけど、命の大切さ、一瞬の判断で運命の明暗も分かれてしまいますね。
ボンちゃん一家が楽しく暮らしているのが、亡きお母様への一番の供養ですね。