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306件のひとこと日記があります。

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2016/07/16 16:21

評価というものが5段階あるとする。人が

評価というものが5段階あるとする。
人が何かを評する時、あるいは何かに対して思い入れを持つ時、その5段階の中から「ランダムに」選択する。
だから不自然なまでにこき下ろしたり、持ち上げたりした挙句、「明日には違うことを口にしておいて自覚しない」。

よって人は何も考えていない、何も思っていない、感じてすらいない。
ルーレットの目に合わせて、教え込まれた定型句を口にすることしかできない。
出る言葉は全て嘘である。なぜならそれはランダムに再生された音声に過ぎないから。音声に意志があるように言い張る時点で嘘になる。

「個人的な思い入れ」なんて嘘だ。
お前は何も思っていない。
「データからすると」なんて嘘だ。
お前は何も考えていない。

自分が何かを思うとする。
次に自分がそれを思うのは妥当であるか考える。
まずほとんど、何も思っていないことに気付く。
もし、何らかの自己というものがあり、それを自覚することがあるとするなら、それはある程度の時間が経ち、十分なサンプルが集まった後に振り返り、「たぶんこう思っていたんだろう」という程度のものだ。

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