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2016/07/11 22:39
メイセイオペラの話(第14話)
こんばんは。
ご存知かとは思いますが、メイセイオペラは今月1日に22歳でその生涯を終えました。
かえすがえすも残念ではありますが、私にできることは「メイセイオペラの話」を書き上げることしかありません。
彼が競走馬として過ごした4年半の出来事を書き残しておくことが、私なりの彼への供養だと思って、お話を書き進めていきたいと思います。
☆南部杯で宿敵アブクマポーロを下してGI馬となったメイセイオペラ、次なる目標は東京大賞典(12月23日 大井2000m)と定められました。
調整を兼ねて地元の重賞レースである北上川大賞典(11月22日 盛岡ダート2500m)に出走したメイセイオペラは地元のオープン馬たちをまるで問題にせずに圧勝、万全の状態で敵地に乗り込む態勢を整えたかに思えましたが...ここでちょっとした問題が起こりました。
右前脚の球節にむくみが出たのです。
一時は出走を回避することも検討されましたが、幸いにも症状は軽く予定通りに出走する運びとなりました。
一方、南部杯で初黒星を喫したアブクマポーロ陣営の東京大賞典に懸ける意気込みは並々ならぬものがありました。
言ってみれば南部杯がアウェイなら東京大賞典はホームゲーム、勝手知ったる大井で負けるわけにはいかなかったのです。
「このままでは終われない」
アブクマポーロ陣営にとっては前年3着に敗れた雪辱戦でもありました。
実を言うとアブクマポーロ陣営は南部杯の前まではメイセイオペラ陣営をさほど意識してはいませんでした。
バトルラインやエムアイブラン、グルメフロンティア(この年のフェブラリーS勝ち馬)、タイキシャーロックなどの中央馬と同じぐらいの強さを持った馬だという認識だったそうです。
しかし南部杯で敗れてからアブクマポーロ陣営はメイセイオペラを「最強の敵」として見るようになりました。
「メイセイオペラに勝つことがレースで勝つということである」
アブクマポーロ陣営には「ウチの馬こそがダート界の王者である」という自負とプライドがありました。
そのプライドにかけてもメイセイオペラに連敗することはできませんでした。
※今回はここまでとさせていただきますm(__)m
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とうけいにせいさん
「お馬さん」さん>いいね!ありがとうございます(^_^)
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お馬さんさんがいいね!と言っています。
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Masaさん>いいね!ありがとうございます(^_^)
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ブン♪ブンさん>こんばんは(*・∀・*)ノ
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関東帝王さん>こんばんは(*・∀・*)ノ
コメありがとうございます(^_^)
この話はまだ半分も書いていません。
途中で投げ出すなんてことはしませんよ(*^^*) -
とうけいにせいさん
デュースさん>こんばんは(*・∀・*)ノ
コメありがとうございます(^_^)
はっきり言って、アブクマポーロが唯一勝負付けが済んでない馬がメイセイオペラだったんですよ。 -
とうけいにせいさん
msz-006さん>こんばんは(*・∀・*)ノ
いいね!ありがとうございます(^_^) -
とうけいにせいさん
ハープ星さん>コメありがとうございます(^_^)
それまではアブクマポーロの方が格上だったんですが、南部杯の勝ちでやっと同じステージに立ったかな、という感じなんですよね(*^^*)
ただし、1600はアブクマポーロにとって適距離ではないことも事実です。
2000で勝たなければメイセイオペラはアブクマポーロを越えたことにはならないんですよ。 -
とうけいにせいさん
やまさとさん>こんばんは(*・∀・*)ノ
ファイト!ありがとうございます(^_^)