2908件のひとこと日記があります。
2013/01/24 19:09
追い込み馬の話3( ミスターシービー)
追い込み馬の話をあと1つだけ書く。
史上3頭目の三冠馬、ミスターシービーである。
この馬が三冠馬となったのは1984年、私が高校1年生の時だが、当時は競馬など興味がなく、友達とプロレスの話ばかりしていた。
そんな私でもミスターシービーのことは知っていた。もちろん史上3頭目の三冠馬としてである。
菊花賞を勝って三冠を達成した日の翌日のニュースで報じられたのを見たのである。「お前は怪物だ!」という実況アナの雄叫びと共にレース映像も流された。
「ふーん(゜-゜) 怪物なんだ...」
16歳だった私はその程度にしか思わなかった。
彼のことをよく知るようになったのは、大学時代に競馬を始めてからである。
父のトウショウボーイと母のシービークインが一緒に走った伝説の新馬戦や、「ダービーポジション」という言葉がまかり通っていた頃に、「掟破り」ともいえる後方一気で勝ち取ったダービー、1歳年下の三冠馬シンボリルドルフとの闘い、蹄の痛みを乗り越えて勝った天皇賞(秋)、種牡馬引退後に訪れた母シービークインとの穏やかな日々...
久々に競馬界に誕生したスターホース、ミスターシービーのレースを、私は残念ながらリアルタイムで見たことはないが、菊花賞の表彰式で吉永正人騎手と共にテレビ画面に映る彼の姿を、私は今でも覚えている。
「きれいな馬だな...」
16歳の私が見た、「日本一の美男」の印象である。
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ばいありーたあくさん
ぼう0508さん>こんばんは(^-^)コメありがとうごさいます。去年の有馬記念のゴールドシップのまくりを見て、シービーの菊花賞のレースを思い出しました。あの時も3角から一気にまくって圧勝しましたからね(^-^)
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ぼう0508さん
こんばんは。私は当時高校3年生、親が競馬をやっていたのでミスターシービーの名前だけは知ってました。坂で動く常識やぶりの競馬だったんですよね。もしリアルタイムで見ていて買っていたら…。毎回心臓に悪そうです。種牡馬となってから何回か逢う機会がありましたが、優しい顔をした馬でした。
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ばいありーたあくさん
とろ。さん>こんばんは(^-^)コメありがとうごさいます。ミスターシービーが追い込み馬になった理由は実はダンシングブレーヴと同じで、スタミナに不安があったからです。
適距離はマイルから2000までといわれていましたが、吉永騎手の冷静沈着な騎乗が彼を三冠馬に押し上げた、といっても言い過ぎではないです(^-^) -
とろ。さん
こんばんは。
CBの走りは動画でしか見たことないですけど
あの追い込みには驚かされます。
追い込みがタブーだった時代に吉永騎手は常識破りの戦法を取ったって
ことですよね。それってとってもすごいことだと思います(*´∀`*)
馬だけでなく騎手もすごかったんだなって思いました。 -
ばいありーたあくさん
msz-006さん>こんばんは(^-^)コメありがとうごさいます。そうなるとあなたは私の...どうでもいいですね、そんなこと(笑)
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ばいありーたあくさん
ロシアンブルーさん>こんばんは(^-^)コメありがとうごさいます。ということはあなたは私より3つ年上ということになるんでしょうか?
大学なら4年生と1年生、もしかしたら、大学1年生の時の私はあなたの使い走りをしていたのかも...て、あるわけないですね(笑) -
ばいありーたあくさん
情人節さん>こんばんは(^-^)
元気ですかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!!!
大学の時に競馬好きの友人たちとルドルフ派かシービー派かで大分盛り上がっていたんですが、私は断然シービー派です(^-^) -
msz-006さんがいいね!と言っています。
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msz-006さん
わっ、わたしは小学生かも(^_^;)
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ロシアンブルーさん
本当にどーでもいいことなんですけど、
1984年、私は、大学1年生でした。