泣いた男と、笑う男。

ベンチの奥で、帆足が泣いた。

８回表。球数が100球を越えた帆足は、指先の感覚がなくなっていた。
楽天先頭打者の松井稼頭央に、ストレートの四球を与えた。

島内の時には、球が抜けて死球寸前のボールが行った。
もう、限界を越えた左腕は、楽天の勢いを止められなかった。

２点を失って降板を告げられると、ベンチに座るなり、もう顔を上げられなかった。

グラウンドでは、会心の打球音の後に、悲鳴と絶叫が轟いた。
楽天の主砲Ａジョーンズが、グランドスラムを放ったのだ。

ヤフオクドームが、“敗戦”の空気に包まれる中で、ダイヤモンドを悠々と走りながら、三塁側ベンチを指刺して、主砲が笑う。

「野球は、楽しみながらプレーするもの。」
打っても、打てなくても、常にこの男は笑っている。
試合終了。Ｈ０−７Ｅ

楽天ナインが勝利のハイタッチで引き上げて来た時、帆足はやっと顔を上げた。

瞼（まぶた）が涙で、腫れているように見えた。

その光景を眼差しに焼き付けて、左腕はベンチを後にした。