悔しくて、涙が溢れた。

藤田一也が、怒った！

巨人西村の初球が、藤田の左ふくらはぎ上部を直撃したのだ。

日本シリーズに入って、巨人投手陣から受ける、三度目の死球であった。

藤田は、たまらず怒りの表情をして、西村に詰め寄ろうとしたが、激痛に顔をしかめてうずくまった。

帽子を取って謝罪した西村が、マウンド上で青ざめた。

ベンチに戻って治療を受けている藤田を待って、東京ドームが小休止となった。

そして…

藤田一也がグラウンドに戻って来た！
４万５千の観衆から、背番号６に拍手が送られた。
「ここで、終わってたまるかっ！！」

１塁ベースで屈伸運動をしている藤田は、激痛に顔をしかめている。
うっすらと、涙も溢れている様子であった。

試合再開だ。
〜延長１０回表。２対２同点。一死１・２塁の場面〜
楽天イーグルスのバッターは“シリーズ男”銀次が入った。

巨人西村の動揺は、ピークに達していた。
捕手阿部慎之介が、必死のリード、キャッチングで守った。

カウント３−２からの７球目を、銀次が華麗にセンター前に捌いた！

ピッチャー西村の足元を破り、センター前へ抜けて行った！！

２塁ランナー則本が、３塁を回ってホームへ向かう！
イーグルス勝ち越しだ！！

生還した則本の背後で、１塁ランナー藤田一也が、死球の痛みをこらえて２塁を廻って３塁へ走った！！

必死の形相が、藤田の執念を表していた！
足から滑り込んで、ベース上で立ち上がろうとした。

ガクガクッ…
もう、立ち上がれなかった。

藤田の顔が歪み、汗がしたたり、涙がこぼれた。
もう激痛に、耐えられない。

それでも藤田は、最後の力を振り絞って、立ち上がった。

それは男としての“根性”と“精神力”そして“プライド”

星野監督が、代走を送った。

痛々しくベンチに戻る藤田一也は、人目をはばからず泣いていた。
痛みよりも、悔しくて涙が溢れた。

背番号６のガッツに、東京ドーム中が拍手喝采となった。

熱い闘志が、チームを一つに束ねた。

楽天イーグルスが、巨人を下した。

勝利のベンチに、藤田一也はいなかった。

巨人ベンチ内に、放心状態で座り込んだ西村の姿があった。
その、虚（うつ）ろな表情の西村に向かって、阿部慎之介が近づいた。

「胸を張って、しゃんとしろ！分かったか！！」


（日本シリーズ第5戦/巨人2-4楽天/巨人2勝3敗）