328件のひとこと日記があります。
2014/05/10 21:40
メモ 島田明宏氏のコラムより「自己模倣」
「あの武さんでさえ、自己模倣に走った時期があったんですね」
流し読みではなく、きちんと言葉を受けとめてくれたようだ。
「うん。震災の年や、その次の年あたりな」
武豊騎手は、勝ち鞍が伸びなかった時期、年間200勝を楽に突破していたころの自身のフォームをビデオで繰り返し見るなどしていたという。
「島田さん、何回か言ってましたよね。物書きが一番しちゃいけないのは自己模倣だって」
「おれだけじゃなく、いろいろな作家が言ってるよ」
「自分の成功体験にすがるのは、やっぱりよくないことなんスかね」
とレイが、右の足の裏を左のくるぶしに当て、ボリボリと掻いた。
「成功したときの自分や周りの状況と、今の自分と周りがまったく同じなら、それでもいいんじゃないか」
「ああ、なるほど」
「自分も周囲も以前と違うのなら、昔の自分をマネしたって上手くいくわけがないわな」
「島田さんは、ないんスか。自己模倣をやってしまったこと」
「あるに決まってるだろう。自己模倣がダメだって言う物書きは、みんなそれをやって失敗したから言ってるんだよ」
そのとき、席が用意できたってよ、とケンのサトさんが呼びに来た。
エレベーターのボタンを押した自分の指を見つめたままレイが呟いた。
「島田さんは、それ、武さんに言ってあげたんスか」
「いや、言わなかった」
というより、まだ成績がV字回復する前の、苦しんでいる真っ只中だっただけに、言えなかった。
しかし、彼は、その後ほどなくして自己模倣をやめた。自身の体が、年間200勝していたころとは変わったことを認め、受け入れたからだ。すると、また勝ち鞍が増えはじめ、昨春キズナでダービーを勝ち、秋にはトーセンラーでGI通算100勝を達成した。
「ひとマネのほうが、まだいいってことか」
「まだいいどころか、それこそが、違う自分になる第一歩だろう」
レイが首をひねってため息をついた。彼も何か行き詰まりを感じているのか。
「次回のナレーション原稿、島田さんの文体模倣をしてみようかな」
「いいんじゃないか。お前みたいな典型的なB型人間にはおれの文章は淡白すぎるように感じられるかもしれないけど、だからこそ面白いと思うよ」
「ハハハ。淡白だって感じてたこと、バレてたんスね」
実は私は、レイのナレーション原稿の一部分を何度か模倣したことがある。
ホースマンの集合写真を「どの顔も嬉しそうだ」と描写したり、保田隆芳氏に関する原稿のシメを「保田は晩年までこう言っていた。世界を見ろ。すごいやつがいっぱいいる」としたり。
伊集院静氏や浅田次郎氏ら、明らかに自分より格上の作家ばかりではなく、「優駿」や「週刊ギャロップ」などに寄稿している若い書き手の文章を見て、
――なるほど、こうする手もあるのか。
と無理なく思えるようになってから、以前より書く苦しみが少しやわらいだ。
と同時に、自分が書いたものをあまり読み返さなくなった。原稿を送る前は何度も推敲するが、世に出てからの評価は純粋に他人に任せるようになった。それでずいぶん気が楽になった。
自己模倣はダメだダメだと言いながら、本当にできるようになるまで20年以上かかってしまった、ということか。
要は、この年齢になってようやく、前とは違う「今の自分」をきちんと(かどうかわからないが)認め、受け入れられるようになった、ということだと思う。
親が要介護になり、最近のことだと思っていた「奇跡のラストラン」が昔話の部類に入ることを思い知らされるなど、周囲に変化には気づいても、自分の変化に気づくのはこんなに遅くなった。
どうやら神様は、意識しないと人間は自己模倣をするようにつくったらしい。
これからも気をつけなければ。